暑い。暑すぎる。
 滴る汗をタオルで拭う。

 梅雨が明けてほしいと願ったけど、なにもここまで暑くならなくても。
 シキジカなんて、だるそうに足を投げ出して床に寝そべっている。今はお昼の時間。いつもなら遊びに出ているけど、そんな元気もないみたい。
 私も暑くて、やる気がいつもより無い。通気性、吸水性のある麻のチュニックを着ているけど…生地が肌に纏わりつくことでもう煩わしく感じる。麻の意味が無い。

 さすがに空調を利かさないと暑さにやられてしまう。
 喉渇いた。紅茶が飲みたい。
 暑い中で飲むアイスティーもいいけど、ここまでだと氷がすぐ溶けちゃうから。
 涼しくなったら、きっと温かい方が美味しく感じるだろうな。
 夏に涼しい場所で温かいものを飲むなんて、一種の贅沢だと思う。



「シキジカ、涼しくなるからちょっと待っててね」



 尻尾を震わせて答えてくれた。
 体を動かすのもだるいみたい。尻尾で精一杯。



 お水を注いで差し出せば、嬉々として飲むシキジカ。草タイプだから、綺麗なお水が主食。固形のポケモンフードも食べるけど、少しだけ。
 空調が効いたから、体を動かす元気が出てきたみたい。悪いことしちゃったな。暑くなりそうだったら、すぐ涼しくしないとね。
 ごめんね、シキジカ。しゃがみこんで背中を撫でれば、反応が無い。お水に夢中みたい。子憎たらしい可愛い。よしよし。

 それにしても、涼しいな。
 いつもノボリさんとお茶をするテーブルに座る。お仕事は…うん。ちょっと休憩しても構わないな。

 ノボリさん、次はいつ来てくれるだろう。
 前来てくれた時は、色々お話できた。お仕事のこととか、お洋服の価値観。手持ちのポケモンのこととか。あとやっぱり、好きな色はやっぱり黒だった。
 まだまだ知っていきたいな、なんて思う。

 …今日はなんだか、眠いな。昨日ちょっと頑張って、お茶請けを作ったからだな。
 少しくらい眠ってもいいよね。お昼だし。扉に紙貼っておいて、シキジカにお客様が来たら起こしてもらって。けど、この時間ならお客様はあまりいらっしゃらないし。
 うん。十五分くらい寝よう。頭が回らなくなってきた。



「シキジカ、私ちょっとだけ寝るね。お客様いらしたら起こしてもらっていい?」



 あ、顔を上げてこっちを見て頷いてくれた。お水に一応満足したらしい。
 とりあえず、シキジカは言えば分かってくれるから大丈夫。あとは紙を貼ってきて。そうしたら、少し寝よう。









「…一体どうされたのでしょうか」



 本日は炎天下。非常に暑いです。先日の梅雨の気候が嘘のよう。しかし、体温が低く、暑さに強い私にはあまり関係ありませんが。
 そんな中ナマエ様のお店に伺いましたら、扉に張り紙が。見てみれば、御用がございましたら少々お待ち下さい、とのこと。どういうことでしょうか。



「出直したほうがよろしいのでしょうか…おっと」



 立ちながら思い悩んでいれば、ガラス越しに小さな影。シキジカです。開けて、屈んで伺う。



「シキジカ、ナマエ様はどうされたのですか」



 じっと私の顔を見る。瞬きを二、三回して、お店の奥に行く。入って良い、ということでしょうか。
 ついていけば、いつものテーブルにナマエ様が突っ伏して寝ておられる様子。
…いくらシキジカが賢くても、無防備なのでは無いのでしょうか…ナマエ様は女性です。そして小さくてか弱そうな体。何かあった時に自身の身さえも守れない、でしょう。
 すうすうと寝息をたてるナマエ様。テーブルに投げ出された右手は、ナマエ様の年くらいの女性の手とは思えない。布を触っているからでしょう、皮が厚く、少々荒れております。
 この手が、私の服を直してくださり、美味しいお茶にお茶請けを作ってくださる。…あ、良いことを思いつきました。

 …とにかく、ナマエ様が起きるまでここに居させてもらいましょう。



「お疲れなのでしょうか…シキジカ、ナマエ様が起きるまでここに居させてください」



 ナマエ様を起こさないよう小声で先を行くシキジカに呼びかければ、こくんと頷きました。
 向かい側に座る。本日は仕事で、昼休み中でございますが、時間の許す限りここに居させてもらいましょう。
 テーブルに、ナマエ様を見つつ頬杖をつく。いつもの気の張った様子ではなく、リラックスして眠っておられる。幼い可愛らしい寝顔。
 …私、多分このままずっとナマエ様の寝顔を、見続けることが出来る気が致します…。いやいや。いけません、私。何を考えているのでしょう。目線を外して横を向けば、シキジカがこちらを見ておりました。
 …なんだか申し訳ない気持ちになりました…申し訳ございません…。

 罪悪感に苛まれていましたら、シキジカは私のスラックスの裾を銜えて引っ張りました。



「…? 何かあるのですか?」



 またひとつ頷く。私から離れて、シキジカはナマエ様の作業場に入り、こっちを見ています。…勝手に入っても良いのでしょうか…。
 見やれば、何度か頷くシキジカ。何か考えがあるのですかね。あちこち弄り回さなければ良いのでしょうか…。



「ナマエ様にご迷惑にならなければ良いのですけど…平気でしょうか」



 にこり、とシキジカが笑いました。





 作業場にお邪魔すれば、工業用ミシン、それに何台か小さなミシン。その隣に机。上にはあらゆる道具が置いてあります。その奥の窓際に大きいテーブル。二、三着ワンピースが置いてあり、空いたスペースに…服の型、でしょうか。大きい箪笥。そして大きい本棚があります。いっぱいいっぱいに本が詰まっております。お直しにはたくさんの知識が必要ですから…たくさん勉強されているのですね。
 シキジカに目線を向ければ、隣にボディがありました。緑色のブラウスを着ております…おや。少々変わっておりますが、これは…。

 近付いて見てみる。やはり、以前私がお直しを頼んだブラウスに似ております。違うところは色と袖くらいでしょうか。これはナマエ様が作られたのでしょう。癖のある服。



「…これを見せたかったのですか?」



 こくこく、と二度頷くシキジカ。
 …なるほど。
 直感で分かりました。クダリの細かいところに気がつく、その特性が私にも少し宿ったのでしょうか。

 これは私が持ってきたブラウスを参考に作っていらっしゃったのか。
 シキジカは頷く。
 これをナマエ様は着てどこかに行かれたことがあるのか。
 シキジカは首を振る。

 シキジカが賢くて助かりました。
 頭を撫でてさしあげれば、目を細めて受け入れてくださる。思わず笑顔になるのを感じました。










 …ううん。体が揺すられている。ああ、そうか。私寝てて…。



「…あ」


「ナマエ、様。起きられましたか」


「…は」



 ノボリさんがいる。…ん?なんでいるの。頭が上手く回らない。



「お疲れのところ申し訳ございません。私もう行かなくてはならなくて。ナマエ様。なにかあってからでは遅いのです。いくら賢いシキジカが居るとはいえ、無防備に寝ては危ないですから。気をつけてくださいまし」


「…は、はい」


「では、また伺いますね。お邪魔致しました」



 目元が優しくて素敵な笑顔だな…。

 …この時は分からなかったけど。
 ノボリさんがいること、あんなことを言われたこと。それらを理解して申し訳なさや恥ずかしさで訳が分からなくなったのは、ノボリさんが帰って三分くらい経ってからだった…。








prevnext




「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -