お茶請けは、バトンマレショー。ナッツの粉が入った、香ばしいさっくりしたサブレ。甘すぎないように気をつけて、チョコを挟んでおいた。
 お茶はダージリン。お好みで、ミルク。

 トレンチに一通り用意して、ノボリさんが待っているテーブルに向かえば、への字口のちょっと不機嫌そうな、目を伏せているノボリさんが居た。
 …いや、違う。
 よく目を見てみると、ほんの少し目が潤んでいる気が…緊張?

 ノボリさんの左側に立って、テーブルにカップとソーサーを置く。
 その音でノボリさんが私に気付いたみたい。見上げてくる。



「お待たせ致しました」


「は、はい。ありがとうございます…」



 少しだけかち合った目線。すぐ外されてしまった。
 …その大きい身長で、そんな可愛らしい動作って。笑顔が零れてしまうな。
 向かい側に座る。もう、定位置、といってもいいかもしれない。



「…ノボリさん、じゃあ、早速。質問良いですか」


「は、い。私に答えられることでしたら…」


「分かりました。まず、お仕事について教えてください」


「…はい。ええと…」



 ノボリさんは、丁寧に教えてくれた。
 サブウェイマスター、バトルサブウェイのトップ。電車内でバトルをしていき、規定数連勝した挑戦者に立ちふさがる壁。サブウェイ自体も取り仕切る。

 クダリさんのことも聞いた。
 双子の弟。同じくサブウェイマスター。二人居ていいのかな、と前聞いた時から思っていたけど、ノボリさんはシングルバトルでクダリさんはダブルバトルを担当しているみたい。

 ちょっと休憩。
 バトンマレショーは香ばしいサブレ。けど、油分を使ってないから、挟んだチョコがしつこくない。
 これにはダージリンにミルクが良い。それが私は好き。ちらり、とノボリさんを見れば、彼もそうして飲んでいた。嬉しい。

 ノボリさんをそのまま見ていれば、紅茶を一口飲んで、バトンマレショーを一口。さく、と良い音が聞こえた。お口に合えばいいけど。
 何回か咀嚼して、嚥下して。紅茶を飲んで。
 うん。お口に合っていたみたい。目尻が柔らかい。

 残りを食べようとした彼と、目が合う。
 ぽ、とほんのり頬が赤くなった。恥ずかしかったのかな。



「あ、すみません…」


「…い、いえ。ただ、少し、驚いただけですので…」



 下を向いちゃった。ノボリさんって、女の子みたいだな。そう思う行動が多い。可愛らしいな。…私って、ギャップに弱かったのかな。知らなかった。
 だって、こんなにノボリさんに惹かれている。

 もう一口、ダージリンを頂く。
 次は何を聞こうかな。



「続けて質問、いいですか」


「は、はい。どうぞ」


「ノボリさんは、どうしてそんなにお洋服に関心をお持ちで?」


「はい、良いものを買い、それを大切に着続けなさい、ということを幼い頃から教え込まれたことが第一でございます。それがあり、服に関心を持つようになり、お直しをして頂くまでになりました」


「なるほど…。中々見受けられませんよ、ノボリさんくらいの年の方でお直しをされる方は」


「やはり、年配の方が多くいらっしゃるのですか」


「はい、うちではそうですね。代々継いでいる、ということもありますが」


「代々継いで…。では、ナマエ様は…」


「はい、三代目になります」


「素晴らしいですね、その若さで…」


「いえ、私も幼い頃からお洋服に関して教え込まれたものですから…」



 ダージリンを一口。喉が渇いてしまった。
 なんだか、こんなに誰かと話したのは久しぶり。胸が弾む。

 憎からず思う人のことを知っていくこと。むず痒いけど、それより楽しい、という気持ちが勝る。

 ダージリンをもう一口。ふう、と息が抜ける。
 それから、何を聞こうかな。ノボリさんの幼い頃のお話とか良いかも。その人の本質を知るには、幼い頃の体験だとか、体験を通じて思った事とかを聞くのが一番良い。私の考えだけど。
 なんて様々な思いを巡らせていたら、ノボリさんが口を開いた。



「ナマエ、様」


「は、はい。なんでしょうか」


「私、貴女様のことをお聞きしたい、です。…ええと、質問させて頂いても、よろしいでしょうか…」


「………ノボリさんって、可愛らしいですよね」


「へっ?! な、何をおっしゃって…!」


「あ、すみません!」



 片手で口を覆い隠す。つい、素直な気持ちが零れてしまった。抑えきれなかった。
 だって。今も赤くした頬を片手で押さえて、俯いて目を瞑っているノボリさんは可愛らしいし、言った言葉も私にちゃんと伺いたててくれていて。
 それに、今までの行動とかも、可愛らしいし。

 …思い出すだけで笑顔になっちゃう。
 いやいや。笑顔は抑えて。ノボリさんに返事をしなくちゃ。



「ノボリさん、もちろんどうぞ。答えられることなら、お答えしますよ」


「ナマエ様…じゃあ」



 顔を上げて、目尻を少し下げて言ってくれた。
 よし、どんな質問が来るのかな。



「何故こんなに美味しいお茶請けを作ることが出来るのですか」



 びっくりした。そんなこと聞きますか、ノボリさん。
 あー、やっぱり手作りなのばれていた。まあ、ばれるよね。形も色も揃ってないし。
 でも、こんな質問って。そんなに聞きたいことだったのかな。ノボリさんの目、爛々と輝いているように私には見える。そんな目をされちゃ、ね。お答えしないと。



「…お口に合ったようなら、嬉しいです。お茶請けは、紅茶を知って、お客様に出すようになって、どうせなら来て頂いたお礼に、と作って出すようになったのですが…。あ、最初は市販のもので様子を見てから、お出ししているのですけど、そんな大したものじゃないですよ」


「…私、ご存知だとは思いますが、こう見えて甘いものを少々嗜みまして。貴女様の作るお茶請けは絶妙な甘さでとても美味しく頂けておりまして。ブラボー、の一言に尽きます」


「ぶ、ぶらぼー…ですか。ありがとうございます」


「ええ、私、お茶請けや紅茶も楽しんでおります。ですが、それに加えて、貴女様だからこそこうして過ごす時間が心地良いのだと思います」


「…そ、そうですか……」



 ノボリさん、すごい殺し文句だと思いますよ、それ…。残りのダージリンを、思わず飲み干してしまった…。





 時計を見れば、一時間は経っていた。流石に悪いと思って、ノボリさんに時間を告げた。そうすれば申し訳なさそうな顔をして、帰るとおっしゃった。
 外までお見送りをする。ノボリさんは嬉しそうに顔をゆるませ、言った。


「また、伺いますね」


 本心からの言葉に聞こえた。

 …広い背中を見送って、空を見上げた。
 雲一つない、晴れ晴れとした星空。

 もうそろそろ、梅雨が明けてくれるといいな、と思った。








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