素敵な形とディティールだ、このブラウス。
 トルソーに着せて、五歩くらい下がって見れば、そう思う。
 おこがましくも、カミツレさんのものを真似させてもらって…こうして、完成してしまった。

 このくらいのブラウスなら、時間のある時に少しでも手をつけていれば、一ヶ月もしないで完成する。でも、完成しなかった。むしろ季節が二つ、過ぎ去ってしまうくらい時間が掛かった。
 …ノボリさんが、頭を過ぎるから。…カミツレさんと、きっと親しい関係なのだろうな、と考えてしまうから。

 お洋服を作ることは、好きなこと。体に染みついている、当たり前な行為。お洋服に触れるとき、お洋服のことしか考えてなかった。ここの衿の形が可愛いな、とか、これを着たら、生地の落ち感が体を滑らかに、綺麗に見せてくれるのかな、とか。けれど、このブラウスはそんなことなかった。
 もちろん、この袖は私の体の欠点を隠してくれるな、とか考えて作っていたけど…。それより、彼のことを考えてしまっていたと…思う。

 このブラウス、着てみたいとも思うし、しまっておきたいとも思う。
 相反する気持ち。

 こんな気持ちになったことないから、どうしたらいいのか分からない。
 わたしは不器用な人間だから…気持ちの処理の仕方が分からない。無視をしたり流したりすればいいのだけど、出来ないんだ。
 割り切って接することは出来るけど、その場しのぎ。私の胸でくすぶっている。


 臆病者。私のこと。逃げ回っている。
 でも、立ち止まって殻に閉じこもることは出来ない。時間だけは誰にでも平等に同じ速さで流れる。
 歩み続けなければならない。



 梅雨の時期、今年は長いらしい。
 あまり暑いのは得意じゃないけど…夏になれば、気分も変わる。早く夏になって欲しいなんて、初めて願った。



 …よし。お仕事しなきゃ。
 ノボリさんが持ってきたお直し、しなきゃ。あと二点くらいのお直しもあるから、そっちもしなきゃ。
 ノボリさんのものは、麻と綿の混紡で出来た、真っ白な半袖のシャツ。きっとお仕事用かな。前回いらっしゃった時にその場で点検できなかったけど、お直し箇所の確認はどうされますか、と伺ったらお任せ致します、と言われたから、有難く今点検してお直しさせてもらう。
 衿、袖、見頃、前立て、裾、そして裏。しっかり見る。ステッチの解れ発見。ボタンの解れもある。後は…大丈夫かな。ちょっと白さがくすんでいるから、クリーニングしよう。
 作業台に大きく広げて、もう一度確認しようとしたら…ふと、考えてしまった。これ、ノボリさんが着ていたものだ、としみじみ考えてしまった。
 ああ、ちょっと待って…。なんだかすごく恥ずかしい…。
 なんでこんなこと考えちゃうの、私。いつも、いつものことじゃない。いつもノボリさんの着ていたものを直してたじゃない、私の手…で……。

 うわ。そうだ。
 私、自分の手でノボリさんが着ていたものを直していた。それをしみじみ考えて、実感してしまった…。

 私の仕事は、お直しをすること。着てもらう人が、直して良かった、着ていたい、と思えるお直しをすること。
 そんな考えしている場合じゃ、ないの。直さなきゃ。



 悶々とした頭の中。
 お仕事、お仕事。そう言い聞かせて、なんとか作業を進めた。









 一通りお直しも終って。もう夕方。
 お直し中にお客様が二名ジャケットとシャツを持っていらしたけど、比較的簡単なお直しだった。
 なので、今日はもう終わりにしようかな。シキジカ、お腹空いたみたい。座って、顔を下に向けて、ちょっと元気が無い。

 じゃあ、店を閉める準備。
 作業台を片付けて、カウンターとテーブルも片付けて。そうだ、ミシンに油を差さなきゃ。
 ほぼ毎日やっていることだから、手際はとても良いと思う。ものの十分で片付けを終わらせて、ミシンに向かう。

 シキジカは私が片付け始めたのを見て、ご飯だ、と分かったみたいで。立ち上がってうろうろしだした。
 もうちょっとだから待っててね、と目線はミシンのまま声を掛けておく。

 ここで、私の悪いくせがでた。
 お客様がいない、もう閉める。この二つの要因で私は油断してしまって、ミシンに集中し過ぎてしまった。
 だから、シキジカが外にあった人の気配を感じて、外に出たことが分からなかった。

 シキジカがこうした行動に出る時はだいたい分かる。彼関連。

 ミシンに油を差し終えて、シキジカがいるであろう方に顔を向ければ、シキジカに誘導されて扉をくぐるノボリさんがいた。
 とんでもなく、驚いた。



「…は…へ?ノボリ、さん?えっ?」


「…ええと、申し訳ございません、お邪魔します…」



 上は白いローンのシャツに、瑠璃色のネクタイ。そして黒いスラックスのノボリさん。への字口で困った顔をしている。
 ノボリさんは何も悪くないけど、謝った。いや、こちらが悪いから、ノボリさんは謝らなくていいのに…。
 シキジカ、ちょっとだけ恨む。少し前、ノボリさんのことで頭を抱えていたのに。どんな顔をしてお話しして良いのか分からない。
 でも、一回深呼吸すれば、大丈夫。



「…すみません…またこんなことを…」


「いいえ、お気になさらず。またまた通りかかりましたら、シキジカがおりまして。お邪魔してしまいました。ナマエ様、もしかすると…お店を閉めてらっしゃるのですか」



 嬉しそうなシキジカに見上げられながら、ノボリさんは言う。
 …その通りだけど…な。でも、ノボリさん、そう言ったら気にするしな…。

 ノボリさんを見上げる。
 さっきまでの悩みのタネだった、ノボリさん。小首を傾げて、不安そうに私を見ている。

 こういう時のノボリさんに、私は弱いみたい。だって、ノボリさんの思っていることを聞いて、叶えてあげたくなってしまう。

 やっぱり、シキジカを恨まないでおく。むしろ、感謝したい。
 我ながら、いい考えを思いついたから。



「…ノボリさん、実はそうです。けど、もしお時間有りましたら…私に付き合って下さいますか」


「は、い。時間はございますが…どうされましたか」


「私、ノボリさんのことを知りたい、です。お茶とお茶請け、お出ししますから、お話しして下さいませんか…」



 ぼ、と顔を赤くしたノボリさん。
 愛おしいと、思った。









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