先に越されました。

 ナマエ様がいらっしゃったので、執務室で待たせてある、とクダリに聞いた時は心底驚きました。それと同時に緊張と嬉しさで、胸が高まりました。お会いできることはとても嬉しいことですが、次にお会いする際にこの燻る想いを伝えようと考えていたからです。
 とはいえ、勤務中。休憩時間だとはいえ、この後も仕事がありましたので、簡単に食事を済ませて、伝えることに備えました。

 しかし、ナマエ様から欲しい言葉を頂けて。
 ナマエ様に対して、私自身が見ても男らしいとは言えない…むしろ女々しいと言っても良いでしょう…行動ばかり取っておりましたが、せめて告白だけは。告白だけは私から申したいと決心して、少々強引にカミツレ様のことを出して、こんな形に。

 …まあ、けれども。
 お互い同じ気持ちを持っていたことが分かりましたので、結果は良いものでした。
 


 …抱きしめたナマエ様は私の胸に収まるくらい小さく、華奢で。こんな体で一人店を切り盛りしていらっしゃるなんて、と驚きました。
 そう思うことは頑張っていらっしゃるナマエ様に失礼かもしれません。けれど、きっと苦悩や苦労を持っていらっしゃるはず。それを分けて頂きたい。私では力不足かもしれませんが、そう思いました。

 ひどく穏やかな気持ちでした。
 しかし、時間は過ぎるもの。この後も私は勤務に戻らなくてはならなかったので、渋々離れましたが。
 ナマエ様を見れば、目を伏せていられて、耳まで真っ赤でした。先ほどまで泣かれていたので、鼻先と瞳までも少し赤くなっておられて。素直に申し上げますと、とても可愛らしく胸が締め付けられました…。

 湧き上がる衝動のまま、もう一度抱きしめてしまいました。先ほどは柔らかく抱きしめましたが、今度は少しきつく。私の肩口に納まるように。ナマエ様の後頭部に手をそえる。さらさらと流れる髪が心地良くて目を瞑る。
 びく、と体全体で驚かれたナマエ様。構わず、そのまま話を始めました。



「非常に惜しいですが…この後も勤務がございまして。ナマエ様…また近日…そうですね、三日後の昼にそちらに伺います。またその時に色々お話致しましょう。申し訳ございません」



 縮こまってされるがままになっていたナマエ様でしたが、力が緩むのを感じ、もぞもぞと動かれたと思ったら、私の腰におずおずと腕を回されました。
 思わず、目を開けて笑ってしまう。愛おしくて、愛らしくて。



「ノボリ、さん。お時間、ありがとうございました。私…なんだか、嬉しくて。けど、嬉しいという言葉じゃ足らなくて。うまく言えなくて…。……いらっしゃるの、お待ちしております」



 耳ではなく、体から振動し伝わる可愛らしいナマエ様の声。
 そんなことおっしゃらないで頂きたい。本当に、離れがたくなります。貴女様に触れることがこんなにも心地良く、嬉しいものだとは思いませんでした…。

 いや。もう離れなければいけません。
 ナマエ様からゆっくり、離れました。顔を見れば、まだほんの少し潤む瞳が柔らかく細められて、私を見上げる。私もそれを受けて、微笑み返す。

 私、とても幸せです。ナマエ様。












「ぼくに感謝してね」



 いつも通り通勤用のスーツに着替えて執務室に戻れば、クダリが来客用のソファで胡坐を掻いておりました。そのうえ頬杖まで。

 …確かに感謝をしなくてはなりませんね。
 正直、ここ数日の忙しさを理由にしてクダリにはきちんと話しておりませんでした。したがって、感謝の言葉も。

 クダリの相向かいにあるソファに座る。にたにたと笑っておりますこの片割れは。



「…そのにやけ面は釈然としませんが…。感謝はもちろん。私に足らないものを教えて下さって、度々ナマエ様に引き合わせてくださって、ありがとうございます、クダリ」



 …殆ど同じ顔のクダリ。違うところは口角が上がっているところ位です。



「…ふへ。ノボリがそんな感じになるなんて、思いもしなかったなあ」


「…正直、私自身も驚いております…しかし…」


「しかし?」


「想いを伝えてから三日経った今…ナマエ様にどんな顔をしてお会いすればいいか分からなくて困っております…」


「…思春期みたいだね」


「う、うるさいですよ!そんなこと一番私自身が分かっております!」


「まあ、恋愛は自由なんだっていうよ。お互いのペースでいけばいいんじゃない?」


「…そ、そうですね…」



 そんな問答をしておりましたら、時間が迫ってきておりました。
 引継ぎも済んでおりますし、問題はありません。後は、私の心構えだけですが…。

 けれど会えば、分かります。それだけです。きっと。
 単純明快。

 何も難しく考える事は、ないのです。









 ライモンシティの喧騒から離れた路地裏。
 少し歩いて着く、いつもの場所。

 …やはり、緊張します。まずどんなことを話せば良いのでしょうか…。
 扉の前で突っ立ったまま頭を抱えておりますと、見慣れた小さい影。そういえば、この子にも感謝を申し上げないといけませんね。
 扉を開ければ、見上げる可愛らしい瞳。屈んで目を合わせれば、笑ってくださいました。



「シキジカ。ナマエ様に度々引き合わせてくださって、ありがとうございます」



 頭を撫でてさし上げれば、目を瞑って受け入れてくださる。
 この子はきっと、私がナマエ様とこういった関係になるために様々なことをしてくださったと思えます。都合が良すぎるでしょうか。



「…シキジカ。私、どういう風にナマエ様に接していいのかわかりません。どうしたらいいでしょうか…」



 小首を傾げて、私を見つめるシキジカ。賢い子ですから、なにか案をくださらないでしょうか。
 シキジカは笑って、店の奥へ歩き出しました。一、二歩ほど歩いて止まり、私を見る。
 …とりあえず、会ってみろ、ということでしょうか。



「シキジカ?お客様?」



 …ナマエ様の、声。
 ああ、どう致しましょう。………ええ、と。とりあえず、挨拶、ですよね。

 決心をし、立ち上がって声がした方を見やれば、愛しいその人が。

 確かに。
 会えば、分かりますね。





「ナマエ様。お会いしたかったです…」





 本心から出た、言葉。
 ナマエ様は、私にとろけるような笑顔を向けてくださいました。


























ひとまず、おわり。
短編、中編で続けていきますので、よろしければ。

見てくださった皆様、ありがとうございました!






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