「寒い気候と暖かい気候、どちらがお好きですか」



 いつも通りの時間、いつも通りのテーブル。ノボリさんとお茶。
 今日はこれから休みだから、いつものスーツじゃなくて黒いローンのシャツに、ボートネックのプルオーバーセーター。ダークグレイの綿でざっくりと編まれている。パンツは濃紺のスキニー。相変わらず足が細い。
 今履いているスキニーは仕立ててもらったものだと、前聞いた。ノボリさんの体型は、世間一般でお目にかかれない、綺麗な体型をしているから市販のものはあまり合わないそう。だから仕立ててもらって、直しながら長く着る。

 そんなノボリさんはアッサムを啜ったあと、そんなことを聞いてきた。
 うーん。なにか意図があるに違いないけど、素直に答えておこう。



「寒い方が好きです。お洋服を色々重ねて楽しめるし、温かいお茶を楽しめるし。シキジカと一緒に、ストーブにあたる時間ものんびりしていて好きだし」


「貴女らしい答えですね」


「じゃあ、そういうノボリさんはどうです?」


「私は、そうですね…。素直に申し上げますと、好きな気候なんて貴女と出会う前はきちんと考えたことはなかったのです。そんなことより、ポケモンバトルや仕事のことを考えていたかったものですから」



 目を伏せて言う。言葉を選んでいるみたい。

 ちゃんとどういった経緯でサブウェイマスターに就任したかは聞いてないけど、きっとたくさん努力をしてきたのだと思う。
 ノボリさんはいつも芯が通っている。努力したからこそある、たくさんの経験がそう見せているのだと思うけど、そこに鼻をかけない。
 一度そのことを話して、素敵です、と言ったことがあるけど、顔を真っ赤にしてずっと下を向いてしまったから、あんまりそういうことを言わないようにしている。恥ずかしがり屋さんだから仕方ない。
 心の中で褒めておいて、話の続きを待つ。
 あ、言葉を見つけたみたい。私を真っ直ぐ見てくる。切れ長な目が素敵だな。見るたびに思う。



「…なので、貴女の好きな気候を伺って、それから興味を持っていきたいな、と思いまして。こういうことを考えることを教えてくださったのは、貴女ですから」



 柔らかく笑った。目尻を少し下げて、はにかむように。

 最初の頃の不器用な笑顔とは大違い。あの時は作り笑顔だったのだと、思う。お仕事用の笑顔。今の笑い方は、様々な柵を取っ払った笑顔。彼は気を遣って自分より他人を優先してしまう人だから、こういったところを見せてくれるのは、とても愛おしく感じる。
 面と向かって言ったら、しばらくここに来てくれなくなっちゃいそうだから言わないけど。

 それにしてもノボリさん。そんな可愛いことを思ってくれていたのか…。たまに私より乙女なところがあるから。
 ちょっと笑ってしまう。



「ふふ、そうですか…」


「な、何故笑っておられるのです」


「いや、ね。だって…」



 にやけちゃうから、それを隠すためにアッサムを啜る。
 最初はお客さまとして来てくれたノボリさんがこうして目の前で一緒にお茶を飲んで、お話しているなんて面白いな。
 けど、こうして歩み寄って理解してくれようとしている。素敵なこと。嬉しい、とか思ってしまう。

 ちらりと窺えば、ほんのり頬が赤いノボリさん。目線を斜め下に流して、少し不機嫌そう。ノボリさんの言ったことで笑っちゃったのは合っているけど、嬉しくて笑ったのにな。
 カップをソーサーに置く。ノボリさんが置いた音にちょっと肩を震わせた。何言われるのかな、とか思っているのかもね。
 ノボリさんはちょっと他人の言動をネガティブに捉えちゃうから。お付き合いさせてもらっている私でも、ね。たまには教えてあげなきゃな。



「ノボリさん。私、嬉しくて笑っちゃって。だって、興味がなかったものを知ろうとしてくれた訳でしょう。それって、私とお話してなければ、知ろうとしなかった訳でしょう?それが嬉しくて。小さなことかもしれないけど…愛おしいです」



 自然と笑顔になって、ノボリさんを見る。あ、口を少し開けて、目が見開いてる。顔真っ赤。耳まで真っ赤。



「そ、そん、な…そんな笑顔を向けないでくださいまし!!どうしたらいいかわからなくなります!!ま、まったく……!私を惑わせないでくださいませ、ナマエ、様」



 恥ずかしくて私の名前を中々言ってくれないノボリさんも、愛おしいですよ。








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