最近は、シキジカの外に行っている時間が増えてきた。体毛も殆ど薄い桃色になってきているから、春になろうとしていることが分かる。
 目の前にある、ランプみたいな形のストーブも、冬が真っ最中の頃は温度を高めに設定していたけれども、今は低めの設定になっているし。これで十分暖かい。

 ただ今の時刻は三時。おやつの時間だ。

 今のところやらないといけないお直しは、終わっている。ジャケットの裏地の総とっかえに、頼まれることの多いワンピースの裾上げ。あと、シャツのカフスの幅を変えるのと、カットソーの裾を後下がりにするもの。一応、点検はもうし終えたけど、もう一度行なう。
 うん。大丈夫。ちょっと休憩してしまおう。

 今日は、どうしようかな。ウバを最近購入したから、ミルクティーにして飲もうかな。お茶請けは、昨日作っておいたチョコチップクッキーが合う。それにしよう。
 でも、暖かくて。動きたくない。ぼやーっとしてしまう。眠くなってきたし。寝たいけど、いつお客様とシキジカが来るか分からない。
 ひざ掛けにしている、生成り色の起毛しているブランケット。これを外して、畳んで、座っている椅子の背もたれに引っ掛けておく。ちょっと体温が下がったと思う。動けそう。

 よし、紅茶を入れよう、と立ち上がって、扉をちら、と見やれば、見慣れたシルエット。
 良いタイミング、と思って扉を開けてあげれば、シキジカと、見上げれば久しぶりな方。少し眉間にしわを寄せている。



「シキジカ…と、ノボリさん」


「…申し訳ありません、お直しも無いのに訪れてしまって…」


「いえ、お気になさらず。シキジカにここまで連れてこられたのでしょう。こちらこそ、申し訳ございません」


「とんでもございません、そちらこそお気になさらず」


「いえ。…お寒いでしょう、入られませんか」


「い、いえ。仕事中でしょう。邪魔するわけにはいきません」


「ちょうど休憩を取ろうと思っていたところなので、構いませんよ」


「それならば、よろしいのですが…では、お邪魔致します」


「はい、どうぞ。シキジカも入って。春になりつつあるけど、寒かったでしょう」



 シキジカは、ふふん、とちょっと誇らしげに頷く。…きっと、連れてきたよ、と言っている。そんなシキジカはやっぱり、私達を横切ってストーブの元に行く。いつも通りクッションの上で落ち着く。
 ノボリさん、眉間のしわは申し訳なさから来るものだったみたい。本当に生真面目な方だ。あ、今日は少しラフな格好。比翼仕立てのシャツが、とてもお似合い。カーディガンがルーズで楽そう。今日は休日だな。
 テーブルにご案内する。その横に立って、お伺い。



「もし、お時間がございましたら紅茶をお飲みになられますか。本日はウバがございますけれど」


「ウバ…ミルクティーですね。時間はありますので、頂きたいです。お願いできますか」


「はい、もちろん。少々お待ちくださいませ。」



 ぺこり、と一礼。ノボリさんもそれを見て、少し口角を上げて一礼をくださった。いつも通りの行動なのに、今日はちょっと、少しカジュアルなだけなのに、雰囲気が違う様に感じる。言うなれば、幼く見えるというか。いつもはきっちりしているから、かな。
 いつも通り、一人のおやつの時間を過ごそうと思っていたけど、お客様がいらっしゃった。嬉しいアクシデント。お相手は、同じく紅茶とお洋服を好む方。趣味を分かってくれるというのは、幸せな事だ。

 さて、茶葉を抽出しなければ。





「はい、お待たせ致しました。ウバと、お好みでミルクもどうぞ」


「ありがとうございます」


「それから、こちらも。お嫌いでなかったら、召し上がってください」


「はい…チョコチップクッキー、ですね。ウバと合いますね、きっと。私、甘いものも好みまして。頂きます」


「ええ。どうぞ。それと、またご一緒しても、よろしいでしょうか」


「もちろん、ご一緒に楽しみましょう」


「ありがとう、ございます」



 笑みが零れてしまう。ノボリさんはそれを見て、こちらこそ、とあの不器用な笑顔を見せてくれた。なんだか、くすぐったい。
 お手拭もお渡しして、拭かれて。頂きます、ともう一度律儀におっしゃった。私も、倣って。頂きます。

 まず、紅茶。温めたミルクを入れる。秋のシキジカの体毛みたいな色。そこに白が混ざっていって、マーブリングされる。それをティースプーンで混ぜて。綺麗な肌色になる。
 砂糖は入れないでおく。その方が、クッキーを楽しめる。
 一口。じんわり、と染みていく。美味しい。ほ、と溜息。どうして美味しいものを頂くと溜息が出るのかな。少し、口角も上がってしまうし。安心するのかな。
 そんなことを思いつつ、ノボリさんを見る。…こちらを見ている。目線を合わせればその目が優しくて、驚いてしまう。そうして、笑った。力が抜けたように、ふ、と笑った。…いつもの不器用な笑顔じゃ、ない。
 なんだか、急に恥ずかしくなってきた。私を見守ってくれるようなその笑顔に。だって、その笑顔は、愛おしいと言ってくれているみたいで…。
 俯きもする。そんな笑顔向けられたの、初めてだから。



「クッキー、頂きます」


「っえ、あ、はい、どうぞ…」



 顔を上げれば、いつもの不器用な笑顔のノボリさん。あれ、幻だったのかな…。カミツレさんときっと親しい関係だから、そんな笑顔向けられるなんて、無いでしょう。やっぱり幻だ、きっと。
 ノボリさんが食べたのを見て、私も食べる。上手く焼けている。



「美味しいです」


「良かった、お口にあって」


「そういえば、先日はクダリが失礼しました」


「いえ。シキジカのせいですので、お気になさらず。お二人共を気に入っているようで…」


「それは嬉しいことですね。あと、ココアフィナンシェも頂きました。ありがとうございます。美味しく頂きました」


「いえ、そちらもお口に合って良かったです」


「もしよろしければこのクッキーを分けて頂けませんか。クダリに渡したいのですが…」


「はい、構いません」


「ありがとうございます」



 ノボリさんは紅茶を一口飲まれて、一息吐いた。カップを置いて、目を伏せたまま、口を開かれた。



「私、貴女様とこうした時間を過ごすことが有意義に感じられます。もし、本当によろしければ、迷惑で、邪魔でなければ、お直しが無くても、こうして訪ねてもよろしいでしょうか…」



 目線をこちらに向けられた。真摯な瞳。嬉しい。正直にそう思った。
 そうだ、中々こうして趣味が合う人なんていない。素敵なこの方と、お茶を一緒に飲める時間が増えるだけでも素敵なこと。



「はい、もちろん。ただ、お昼か、今くらいの時間になってしまいますが…」


「一緒に紅茶を楽しめるだけで嬉しいです。ありがとうございます」



 不器用な笑顔。やっぱり、さっきのは幻、かな。うん。
 もう一枚、お互いクッキーを取る。タイミングが一緒で、ちょっと笑ってしまった。





「では、またお会い致しましょう。クッキー、ありがとうございます」


「いえ、こんなものでよろしければ。クダリさんによろしくお伝えください」


「はい、かしこまりました。ああ、もしこれもよろしければ、で構いませんが。またあのパウンドケーキが食べたいな、と思っておりまして」


「えっ、へ?あ、はい…あんなので、よろしければ…」


「良かった。でも、出来れば、で構いませんので、ね。では、失礼します。ご馳走様でした」


「はい…」



 多分、手作りなの、ばれてる。








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