…お直しするものが、ありません。
 クダリに誤解を解け、と言われて、一ヶ月は過ぎてしまいました。どうしましょう。最近、このことばかり考えております。

 もう、いっそのことスラックスの裾のまつりを解いてしまおうかと悩みました。が、あの方が直してくださったもの。そんなこと、出来ません。

 お直しも無く、何もなしに伺うわけには参りません。どうしたらあの方の元へ…。
 美味しいお茶があったので飲まれますか、と伺っても。仕事の邪魔になるだけです。美味しいお茶請け…同様。
 困りました。
 …私、考え込む癖があります。クダリに以前指摘されましたが、早々に直るものでもございません。ぐるぐると考え事をしていますと、頭が重くなります。



 本日は休日。
 そんな思考回路から逃れたく出かけました。
 比翼仕立てでポケットがない、ファイユで出来たレギュラーカラーの黒いシャツに、梳毛で緻密に編んだダークグレイのカーディガン。濃紺のスキニーデニム。黒い本革で、スニーカーに近い形の靴。あまり肩の凝らない服。
 読みたい本もございましたし、ライモンシティのはずれにある自宅から散歩がてら、中心街にある大きい本屋に行きました。今はパソコンで何でも買えてしまう世の中です。けれども、こうして実物を見てから購入したほうが、私は好きです。
 無事見つけて、買えたので一安心。
 本屋の近くにインテリアショップがあったので、入ろうかなと考えておりますと、ライブキャスターが振動しました。見やれば、クダリの文字。

 クダリも休日なので、寝かせておいたのですが…今、お昼になろうとしていますよ。やっと起きたのでしょうか。学生のような起床時間ですね。



「はい、おはようございます」


「んー…おはよー…ノボリ今どこ…?」



 写る画面は、天井です。クダリは本当に寝起きのようで、喋ることで精一杯なのでしょう。ライブキャスターを見ることも出来ないらしい。



「ライモンの中心街ですよ。大きい本屋のあるあそこです」


「ああ…うん…お腹すいた…」


「もうお昼ですよ。ちなみに今あるすぐ食べられるものは…パン、リンゴくらいでしょうか。あと水とオレンジジュース」


「そう…じゃあ、外に出ないと…うん…用意して行くから、待ってて……」


「はいはい」



 通話終了。
 このまま、二度寝しなければ良いのですが…。一時間待って、来なかったら通話ボタンを連打してやりましょう。そうだ、すべて留守電を入れといてあげましょう。
 外で待つのも寒いので、近くにあるカフェにでも入っていましょうか。









「お腹すいた…」



 温かいダージリンと本を楽しんでおりました時。そういって向かいに座ったのは、私の片割れ。ああ、もう少しで電話を掛けて差し上げようと思っておりましたのに。
 その辺にあったのでしょう、白いオックスフォードシャツの上に、少しローゲージで凹凸のあるフェアーアイルセーター。彩度が低いトーンの緑、茶、黄、生成り。アクセントに真紅。ごちゃごちゃした色合いですが、トーンが落ち着いているので、うるさく見えません。キャメル色のストレートデニム。こげ茶のショートブーツに、裾を入れている。…クダリも肩の凝らない服ですね。



「寒い…」


「ここで食べますか」


「がっつり食べたい」


「では、お腹を温めてから行きましょうか」


「うん…ココア買ってくる」



 目が開いていないように見えましたが、まだ起きてないのでしょうか。ああ、人にぶつかりそうになっている。






「そういえばさ」



 ココアを飲んで眠気が覚めた様子のクダリ。先ほどよりはきはきとした口調で話し始めました。目も開いています。
 何を言わんとしているのでしょうか。ダージリンの入ったカップを傾けながら、クダリに目線で促す。



「最近お直し屋に行ってないでしょ」


「…ええ、直すものがないので」


「ノボリってば真面目だから、仕事の邪魔になるとでも思っているんでしょ」


 なんでもお見通しですね、まったく。クダリの性格もありますけど、生まれてから…いや、生まれる前からずっとそばに居る存在。それが合わされば何でも分かってしまいますね。クダリほど洞察力が無い私でも、クダリのことは分かりますから。
 少し悔しいので、ええ、まあ、と言ってやった後、ダージリンを呷って飲み干しました。ささやかな抵抗でございます。
 くく、と含み笑いが聞こえる。目線も合わせてやりません。無視です。



「前シキジカに会ったって話したじゃない、ぼく。せっかくそこを教えてあげようと思ったのになあ…。そこに行けばシキジカに会えて、シキジカがきっとお直し屋に案内してくれて、何の名目も無く行けたんじゃないかなあ…」


「……………」


「ノボリこのままだと偶然を装うためにお直し屋に出待ちとかしちゃって、ストーカーみたいになっちゃいそうだしなあ…」


「んな、そ、そんなことは致しません!!!」



 …きっと、お直しが無い状態が続けば、クダリの言うようなことをやってしまっていたでしょう、私…。
 うっかり合わせていなかった視線をクダリに向ければ、意地の悪い顔ですこと。にたりと笑っております。



「言い切れるのお〜?」


「ぐっ……」



 言い切れません。







「ほら、ここだよ、よく覚えておきなよ!」



 私達の周りで美味しいと評判のパテがあるレストランに入り、前から行きたかったんだよね、とクダリは目を輝かせて、料理が来てからは黙々と食べておりました。
 私も頂いて。ワインが欲しくなりましたが、押さえて。クダリに早く食べてくださいと目で訴えて。折角の美味しい料理でしたが、雰囲気はあまりよろしくありませんでした。これもクダリがあんな風な言い方をするからです。

 まあ、無事食べ終えて、クダリに引っ張られるようについて行けば、見たことのある公園でした。
 ここは確か。



「あのお直し屋の近くの公園ですね…」


「そうだよ、ここでシキジカに会えたんだ…って!いる!あ!」


「へっ、どこに…って」



 見やれば、ひょこ、と木の陰からこちらをじーっと見つめる見慣れたシキジカ。五メートルほど離れております。
 前足にタグが付いているその子は、体毛が薄い桃色にこげ茶が混ざっておりました…いや、違います。
 こげ茶の体毛が、殆ど生え変わって薄い桃色になっているのです。



「もうそろそろ、春ですね」


「うん、そうだね」



 シキジカは、かつかつと一、二歩近づいて私達を見つめたまま、小首を傾げました。








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