「ご確認ください」



 お直ししたブラウスをお出しする。
 確認といっても、衿の裾が解れていただけ。けれど、お直しはお直し。確認して頂かなければ。
 サブウェイマスターさんは、ぺろ、と衿を捲った。やっぱり、緊張する。納得いく出来になっているかな。



「はい、今回も綺麗に直して頂き、ありがとうございます」


「いえ。こちらこそ毎度利用して頂き、ありがとうございます。ハンガーに掛けて来ますね」



 はあ。良かった。一安心。不器用な笑顔まで頂いた。
 ハンガーに掛けるため、作業場に。ああ、本当にこのブラウス、綺麗。素敵だな。ちょっと悪いけど…これを参考にして、作ってしまおうかな、なんて考えてしまう。でも、私が着るだけだから、いいかな。
 ハンガーに掛けて、カバーも掛ける。よし、お渡しできる状態になった。



「お客様、お待たせしました…って」



 お茶を楽しんでいたテーブルに向かえば、座っているサブウェイマスターさんと…その足元に座り、彼に寄り添うように頭を寄せているシキジカ。とっても寛いでいる。目を瞑って、うとうとしているし。
 どうしてだろう。シキジカ、いつもなら賢いのに。サブウェイマスターさんの前では無礼になってしまう。
 とにかく、そんな仕立てと生地の良いパンツに…シキジカ、外から帰ってきてから、身体を拭いていない。どかさなきゃ。



「す、すみませんお客様!すぐ退かしますので!」


「いえ、お気になさらず。シキジカも落ち着いているようですし」


「…そ、そうですね…リラックスしていますね…。申し訳ございません…」



 いつも通りのへの字口で答えてくれた。
 そうして、サブウェイマスターさんは眦を少し緩ませて、背中を曲げて、優しい手付きでシキジカの背中を撫でた。
 この人は、本当にポケモンが好きなんだ。サブウェイマスターさんのことはあまり知らないけど、この行動からそう伝わってくる。

 ストーブから流れ出る暖かい空気。ほんのりオレンジ色の光に照らされているシキジカとサブウェイマスターさん。ベルガモットの香り。さっきお茶を飲んだから、身体の中も暖かい。だからか、少し眠い。
 穏やかな雰囲気。

 なんだか、幸せ。仕事中だというのにちょっとだけ、笑ってしまった。
 それに気付いたのか、サブウェイマスターさんはこちらを見た。目が合う。ええと、への字口をそのままに目を見開いている。素直にいうと、怖い。
 渡さないでぼやっとしていたから。申し訳ない。早くお渡ししなきゃ。



「申し訳ございません、笑ってしまって…。お渡し致しますね」


「…あ、はい、ありがとうございます」


「いえ。お待たせ致しました。シキジカ、ほら、退きなさい」



 名前を呼ばれたのを気付き、目を開けてこちらを見るシキジカ。素直にちょっとだけ離れる。
 言う事は聞いてくれるんだけど。もう。
 そういえば、シキジカで思い出した。私、まだ先日のことを謝っていない。



「そういえば、お客様。前回いらして頂いた際、お時間が余り無かったのでしょうか。もしそうだったなら、引き止めて申し訳ございません」


「ご丁寧に…そんなことはございませんよ。気にしないでくださいまし。…そう、いえば、このシキジカから頂いた葉は、傷一つ無いものでしたね。持ち帰って、家の者に言われて気付きました」



 サブウェイマスターさんは、そう言ってシキジカの頭を撫でた。シキジカは尻尾を震わせて、嬉しそう。
 家の者、か。指輪はされてないし…けれど、こんな素敵な女性もののブラウスを持ってこられて、わざわざお直しされるんだもの。きっと、大切な女性の親しい方がいるんだろうな。
 おっと、深く詮索はしてはいけません。



「はい、お客様がいらっしゃる前に、馴染みのクリーニング屋に傷のない葉を渡して喜んで頂いたので、覚えてしまったようです」


「そうですか…おかげで秋を家に居ながらも楽しむことが出来ました。ありがとうございました」



 シキジカは、また尻尾を震わせながらも頷いた。
 喜んでもらえて良かったね。私もサブウェイマスターさんを倣って、頭を撫でた。目を細めて、気持ちよさそうにしてくれた。






 時刻はもう四時になる。それに気付いたサブウェイマスターさんは、謝って、行かなければ、とおっしゃった。
 コートとお直ししたブラウスを渡す。着られているのを見守っていたけど、後の衿の折返りと裾のベンツが気になってしまって。
 一言、すみません、と声を掛けて直させてもらった。腕を上げて、衿の裏に両親指を押し込んで形を整える。しゃがんで裾も直す。
 立ち上がって一歩下がり、一通り見やる。うん。綺麗。

 振り返って、私を見るサブウェイマスターさんは目を見開いていた。怖い。
 今日はその表情をよく見る日なのかな。



「では、またのお越しをお待ちしております」


「はい、また来ます…それと。私、ノボリと申します」



 目を細めて、言った。
 名前。ノボリ、さん。ちょっと、お堅い名前。すとん、とその名前が胸に落ちる。納得。名は体を現すもの。



「ノボリさん、ですね。ありがとうございます」



 笑顔を頂いたから、笑顔をお返し。
 サブウェイマスターさん、じゃなくて、ノボリさん、俯いてしまった。どうしたのかな。





 シキジカと共にお見送りを済まして、裏に行って、紅茶を一杯分だけ抽出。マドレーヌも一つだけ持って、戻ってきてストーブの元に。
 シキジカがうとうとしている。さっきもしていたし、眠いのかな。
 椅子を持ってきて、座る。紅茶を一口。ああ、幸せだなあ。

 …ノボリさん、か。素敵なお名前。私の周りには、素敵なもので溢れている。

 うん、マドレーヌも我ながら美味しい。紅茶を飲み干す。よし、仕事頑張ろう。
 シキジカは眠ってしまったみたい。気の済むまで寝かせてあげよう。

 シキジカの喉を一撫で。ゆっくりお休み。さて、片付けて仕事仕事。









「(どうしましょう…)」



 私、重症かもしれません。予想以上に。自分の気持ちを理解いたしました。
 また、ああして時間を共にしたい…お会いする度、その気持ちは強くなっていくように感じます。
 穏やかな恋煩い、でございます。激しさこそはございませんが…会わない時間を持てば、思いは募っていきます。
 シキジカもあまり接したことのないポケモンで、興味深いです。可愛らしく、人懐っこい。

 次は、いつお会い出来るのでしょうか。
 お直ししていただけるものはございませんし…。そういえば。



「(名乗ったのは良いですけれども、名前を聞き忘れていました…)」



 私、精一杯だったのです、きっと…次、お会いした時に伺いましょう。
 はあ、と溜息。
 けれども、重苦しいものではございません。



 時計を見れば、もうこんな時間。
 さて、待たせてはいけませんし、急ぎましょうか。










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