そういえば、シキジカのクッション持ったままだった。
 ストーブに近すぎず離れすぎず、暖かいところを探してクッションを置く。それを見たシキジカは、尻尾を振りながら喜んで、前足をたたんでそこに座った。

 それで、サブウェイマスターさんのカップとお茶請け持って来ないと。ああ、あと紅茶を温め直さないと。
 彼を見やれば、カバーを戻しつつ少しだけ口角を上げて、こちらを見ていた。目が合ってしまう……気まずい。なにか言わなきゃ。



「お客様、お茶請けがマドレーヌとなっておりまして。召し上がりますか」


「ええ、是非。お願い致します」


「かしこまりました。それと、コートをお預かりしますけれども…」


「お願い致します」



 する、と脱がれたコートを預かる。黒のタートルネックカットソーが、細身の彼によく似合っている。腕には前もしていたムーンフェイスの時計が巻いてあった。
 コートを間近で見れば、やはり縫製も綺麗で、生地も上質なものを使っていることが分かる。メリノかな。あ、冬の匂い。寒い風に当たってきたことが分かる、独特の匂い。

 ハンガーに掛けて、作業場にあるラックに掛けておく。本当に素敵なコート。

 サブウェイマスターさんの所に戻れば、会釈をくれた。すかさず返す。顔を上げれば、彼はそれと、と口を開いた。



「紅茶を温め直さなくて結構ですので。勝手ですが、早くご一緒に飲みたいものでして」


「え、あ、はい、少々、お待ちください…あ、私のことは気にせず、お座りになってお待ちくださいね」


「はい、ありがとうございます」



 サブウェイマスターさんが座ったのを確認。裏に行く。
 そんなに紅茶が飲みたいのかな。驚いて、ちょっと声に動揺が出てしまった。

 目を少し細めながら、小首を傾げてサブウェイマスターさんは言った。前も見たことがある、その可愛らしい行動はどきり、とさせられた。だって本当に、妙に似合っている。ギャップってやつだと思う。
 サブウェイマスターさんは、会う度に新たな発見があって面白い。

 そんなサブウェイマスターさんは早く紅茶を飲みたそうだから、急いでカップとお茶請けを用意する。
 紅茶はカバーしてあったから、そんなに冷えてないと思うけど…一応、カップにお湯を入れて温めておく。温まったら、お湯を捨てて。それと、お手拭も。
 お持ちしましょう。



「お待たせ致しました、お入れ致しますね」


「お願い致します」



 カバーを外して、二つのカップにアールグレイを注ぐ。香りが強く漂ってきた。落ち着く良い香り。
 ソーサーに置いて、サブウェイマスターさんの前に。私の前にも置く。
 そうして、テーブルの真ん中に砂糖やミルクの入ったかご、お手拭、隣にマドレーヌがのったお皿を置く。

 …少し思ったけど、私はサブウェイマスターさんの相向かいに座っていいのかな。一緒に飲む、って同じテーブルで飲む、という意味だよね…。
 座ってしまって、いいのかな。



「…ええ、と…じゃあ、座らせて、いただきますね」


「はい。私の我が侭に付き合っていただき、ありがとうございます」


「いえ、我が侭なんて…お気になさらず。ええと、頂きませんか?せっかくのアールグレイが冷めてしまいます」


「ええ、そうですね。頂きましょう」



 少し、慌ててしまった。なんだか、こういう風に向かい合ってお客様とお茶をするだなんて。前代未聞。変に緊張してしまう。それ故に、会話の流れを押し変えてしまった。

 サブウェイマスターさんが飲んだのを確認して、私も頂く。
 ああ、美味しい。身体の中から温まる感覚。風味も豊か。一口飲んでカップをソーサーに置けば、ほう、と溜息が漏れてしまう。
 そういえば、マドレーヌもあったんだ。オレンジピール入り。きっと、アールグレイとの相性はぴったり。食べよう…と思って、手を出しかけた。
 今、サブウェイマスターさんとお茶を飲んでいるのを忘れていた。お客様に勧めることが、先でしょう。

 彼は今、お茶をじっくり楽しんでいるみたいだ。伏し目がちで、カップを銜えている。
どう勧めようかな。



「貴女様は、」



 なんて自分の手元を見つつ考えていたら、声を掛けられた。ぱ、と目線を合わせれば、口からカップを放してこちらを見ているサブウェイマスターさん。



「はい」


「私のことを、ご存知でしょうか」


「…正直に申し上げますと、存じ上げております。サブウェイマスターさん、ですよね」


「私が初めてここを訪れた時から、ご存知でしょうか」


「…いえ。馴染みのクリーニング屋から教えていただきました」


「そうですか」


「もし、言い触らさないか不安でしたらご安心を。私共は、どのようなお客様がいらっしゃっているかということは喋りません。それはお客様を裏切ることになりますから」


「ええ。ここはそういうことをきちんとしてくださると思っております。信頼しております。だからこそ、お直しを頼めるのでございます」


「、はい、ありがとうございます」



 不器用な笑顔が、眩しい。
 信頼、という頂けて最もお直し冥利に尽きる言葉。それもあるけれども、彼自身の魅力もあって、照れてしまう。
 どうして、こんなにも彼はうちを買ってくれるのだろう。
 …とても、嬉しい。ちょっとだけ、涙が出そう。今までの努力が報われた気がして。

 …涙を振り切るために、話題を別のものに移そう。



「お客様、マドレーヌはいかがでしょうか。オレンジピールが入っておりますので、苦手でなければ…」


「はい、頂きます。アールグレイとの相性は良いでしょうね」


「そう思って、合わせたものです。どうぞ」



 これもサブウェイマスターさんが食べたのを見てから、私も食べる。
 やっぱり、アールグレイにこのマドレーヌはぴったりだった。



「マドレーヌ、美味しいですね。やはりアールグレイにも良く合います」


「はい、ありがとうございます」


「どこのものでしょうか…」


「…知人から頂いたものです。知人も、喜ぶと思います」



 …実は私が作りました、とは言えなかった。









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