あのシルクのブラウスのお直しを依頼してから、早一週間が経とうとしております。
 季節は冬になりました。
 一週間前に感じられた秋らしい気候は消え失せ、コートを着込まなくては、と思わせる気候になってしまいました。



 あの時シキジカから頂いた葉は、その日家に持ち帰った際、木の小物入れに入れて、リビングのテーブルの上に置いて飾っておきました。丁度、あの方がやっていたように。


 勤め先であるバトルサブウェイは忙しく、なおかつ地下にあるものですから、季節なんて体感温度くらいで感じていたものです。だからこそ葉を差し出された時、はっとしました。ああ、秋だったな、と。


 私は不器用な性根ですから、その時その時に一つのことにしか集中できませんし、目に入りません。
 クダリとは反対でございます。彼は器用で、あちらこちらに視線を向けることが出来る余裕があります。クダリのことが、時々羨ましくなる時があります。

 小物入れに入った葉を二、三秒じっくり見て、クダリの口から真っ先に出た言葉が「傷一つない、綺麗な葉っぱだね」でした。

 驚きました。何度もじっくり見ている筈の私は、紅葉している葉だ、という一目見ただけの印象しか持ち合わせていなかったのです。けれど、クダリは二、三秒でそのことに気が付くことができた。
 頂いた際「傷一つない」ことに気がついていれば、私は気の利いた言葉を言い出せていた筈、です。



 一週間経ってしまった今、その葉はテーブルの上にまだ置いてあります。ですが、もう枯れてしまいました。けれど、捨てられずにそのままです。

 何故捨てられないのか、と野暮なことはお聞き下さらないでございまし。
 正直に申し上げますと、私はあのお直し屋の方を憎からず思っている、と思います。
 彼女との会話は、妙に安心するのです。まだまだ、お会いして間もないですが。どうしてでしょうか。今はまだ、解りかねること、でしょうか。



 はあ、と溜息。
 私自身の至らないところ。たくさんありますが、際立って見える今。溜息も吐きたくなるものでございます。



「ノボリ、溜息は幸せ逃げちゃうよ」



 器用な片割れが入浴から帰ってきました。タオルを頭にかぶって、冬になったと言っているのに下着姿で出てきました。ここの空調は過ごしやすくなっているのでいいのですが、浴室からここまで来るために空調の利いてない廊下を通りますので、寒かったと思いますが…。まあ、いつも通りなので気にしないことにします。

 幸せが逃げる、とはよく耳にしますが、根拠はありませんし、吐きたくなるものは吐きたくなるものでございます。



「それは迷信ですよ、クダリ」


「ぼくはそう信じてるから、ぼくの中では迷信じゃないよ!ノボリ、考え込んでるでしょ?難しい顔してる」



 …クダリは、どうしてこうも私と違うのでしょうか。クダリになれたら、と考えたことは二度三度ではありません。
 何も言えず、かち合っていた視線を外し、少し俯きました。



「ノボリは考え込むタイプだから、考えすぎてもだめだよ、なんて言っても聞かないと思うから、提案。たまにはしょうがない、で流してもいいと思うな」



 …それが簡単にできたら、こうして思い悩んでおりません。



「変えられないものは、変えられないんだしさ。ね、ノボリ。とりあえずお風呂入ってきなよ!頭も身体も解れるよ!」


「わ、クダリ、ちょ、ちょっと…」



 クダリは言い終わったと同時に私の背中をぐいぐい押してきました。結構、本気で押しております、この弟は。痛いです。

 痛さに唸っておりましたら、廊下に出ました。廊下に一歩、踏み出したら、鋭い冷たさが足先から頭まで一気に走り抜けました。
 身体は冷たさに驚いていますが、頭は意外と冷静な部分がございまして。ああ、冬だな、と感じてしまいました。



「ク、クダリ!寒いです!!」


「大丈夫!ぼくパンツしか穿いてないけど平気!!」


「私と貴方を一緒にしないで下さいまし!!」



 なんて騒いでいたら、浴室に着いてしまいました。
 私の背後から手を伸ばし、扉を開けたかと思えば、今までよりも強い力で背中を押され。
 そのまま何歩か勢いのまま踏み出して、なんとか踏み止まって、後を見やれば満面の笑みのクダリがおりました。



「ノボリ、ぼく色々鋭いから分かるよ。特に、片割れのことならね。葉っぱなんかで満足しないで、次に進みなよ。葉っぱで満足しちゃったら、見てるだけで終わっちゃう。しまいには、枯れちゃって、色褪せちゃうよ」



 考え込まないで、早くお風呂入っちゃいなよ!

 バン!と扉が閉まりました。勢いつけすぎでしょう。


 …分かってはおりました。ですが、実感はしておりませんでした。
 私は、私自身と向き合えず、クダリのせいにしておりました。羨ましいという感情からの、嫉妬、といっても過言では無いでしょう。それだけのこと。ただの自信のない、臆病者でございました。

 それが実感出来ただけでも十分でございます。

 考えすぎてもいけません、ね。とりあえず入浴を済ませてしまいましょう。








「クダリ、出ましたよ…って」



 リビングにおりませんね。部屋に戻ったのでしょうか。
 そう考えていれば、シャンデラが私の元に参りました。



「シャンデラ?」


「シャン」



 私の腕を引っ張って、こっちに来て、と言っているようです。
 されるがままにしておりますと、テーブルの元に。書置きがあります。クダリの字。



「いいもの買って来てあげる、ですか」



 …湯冷めしないと良いのですが。ともかく。何を買って来てくれるのでしょうか。期待半分、怖さ半分です。


 いつ頃出て行きましたか、とシャンデラに尋ねようと見やれば。

 …そういえば。
 シャンデラを見て思い出しました。良い案を思いつきました。



「シャン?」



 シャンデラは、見つめたままで固まっている私をどうしたの、というように、顔を覗き込んできました。
 ふ、と少し笑ってしまいました。心配してくださる者がいるというのは、嬉しいことだと思えたからです。

 シャンデラを撫でてやれば、目を細めて左右に揺れました。嬉しく思ってくださるようで。







 日付が変わる間近、雪を思わせるクリーム塗れのケーキを買ってきたクダリに、脱力しそうになる冬の始めの夜でした。
 私、甘いものは少々嗜みますが…。こんな時間にこんな重いもの、食べたくありませんよ。まったく。





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