「シキジカ」
呼べば、短い尻尾をぴくぴく、と震わせてこちらを見てくれた。こげ茶の背中を掻いてあげれば、気持ちよさそうに目を細めてくれた。
シキジカは季節によって体毛の色が変わる。こげ茶の体毛は、冬。少し前は秋の色であるオレンジがかった茶色だったけれど、色が深まってきて、今の色に。この色になったということは、もうそろそろ秋が終わる。私のシキジカは、季節の変わり目に一番色が濃くなる。
秋が終わる前に、紅葉をきちんと見ておきたいな。最近はお直しばかりで、あまり昼間外に出ていなかったし、出ても見ようと思って見ていなかった。そうだ、クリーニング屋さんに用があるから、ついでに。
「シキジカ、外に行きたい?」
こくん、と頷いた。
いつもこのくらいの時間、お昼前後にシキジカは外に遊びに行っている。
外に行くと言っても、ずっと一緒には行けない。お店があるから。なので、いつもシキジカだけで外に遊びに行ってもらう。
この子は賢いからあまり不安はないけど、一応何かあった時のために、前足にタグをつける。私の名前と、ここの住所と、番号が書かれている。もう慣れたものなので、抵抗することなく付けさせてくれる。
「今日は途中まで一緒に行こう。クリーニング屋さんに用事があるから」
シキジカは鼻先をぐいぐい押し付けてくる。嬉しがってくれているみたい。
私も一緒に外に行くのは久しぶりで嬉しい。
頭を一撫で。よしよし。
さて、出かける準備をしなければ。
そうだ、シキジカを見ていたらあのバッグのことを思い出した。本皮で飴色のポシェット。せっかくだから、掛けていこう。
電気を消して、シキジカと外に出る。鍵を閉めて、飴色のポシェットに鍵をしまう。そして、今の時間と、二十分ほどで戻る旨を書いた張り紙をする。
びゅう、と風が吹いた。あ、肌寒い。
地面を見れば、飛んできた紅葉した葉っぱ。ああ、もう秋が終わっちゃうな。
ちょっと感傷的になっていたら、シキジカが早く行こう、と裾を引っ張った。
「うん、ごめん、行こうか」
うちから徒歩五分のクリーニング屋さんだけど、行くまでに街路樹や公園があるから、季節を楽しめる。
歩きながら赤や黄色の葉っぱが彩られている道や木々を見て、楽しむ。シキジカも匂いを嗅いだり、あちこち行って木や植物を見て回って、楽しんでいる。
空を見上げる。
澄んだ青に、うろこ雲が広がっている。秋の空。
ぼやーっと見ていたら、また裾をシキジカに引っ張られた。見やれば、綺麗な赤の紅葉を見せてくれた。傷もない。絵に描いたような紅葉。
くれるの?と聞けば、頷いてくれた。ありがとう、と言えば、嬉しそうな表情を見せてくれた。
飴色のポシェットにしまう。お店に飾ろうかな、なんて考えていたら、今度は三枚のイチョウの葉っぱを持ってきてくれた。これも傷がなく、綺麗。また受け取って、しまう。
クリーニング屋さんに着くまでこんなことを繰り返して、シキジカは合計十枚の葉っぱをくれた。
久々に一緒に外に出たから、はしゃいじゃったのかな。プレゼントをもらってしまった。
「シキジカ、クリーニング屋さんに入る?」
こくん、と頷く。口には綺麗で傷がないイチョウの葉。おじいさんにあげたいみたい。
「よし、じゃあ入るよ」
お邪魔します、と戸を開ければ、いつも通りおじいさんが居た。本を読んでいたみたい。こちらも見て、笑ってくれた。
「こんにちは。今日はシキジカも一緒かい」
「はい、秋ももうそろそろ終わりそうですし、紅葉が見たくて。それに、最近一緒に出てなかったので」
「そうかいそうかい。シキジカ、久しぶりだねえ」
シキジカはおじいさんに近づいて、イチョウの葉を差し出す。それを見たおじいさんは、驚いたようだったけど、柔和に笑って、ありがとう、と言って受け取ってくれた。そうして、頭を撫でる。シキジカは嬉しそうに目を細めた。
「本当に賢いねえ、この子は」
「はい。私ももらっちゃいました」
「うんうん、有難いねえ。カウンターに置いておこう…そうだ、今日はお渡しでいいかい」
「はい、お願いします」
「ちょっと待っててね。ああ、ブースター、シキジカが来ているよ」
奥から、ブースターが出てきた。
シキジカは近づいていって、匂いを嗅ぐ。ブースターも倣って、匂いを嗅いでいる。
お互い満足したのか、何もせず向き合っている。
シキジカが私に近づいて、またまた裾を引っ張る。あ、分かった。外を見せたいのかな。
遠くに行かないでね、と一応声をかけて外に。戸を開けておこう。
二匹とも、戸の近くで葉っぱの匂いを嗅いでいる。ほほえましい光景。
「はい、お待たせ。あれ、ブースターは…ああ、いいねえ、仲良しで」
「ふふ、はい。シキジカ、教えてあげたかったみたいです」
「和むねえ。はい、これ」
「はい、ありがとうございます。おじいさん、シキジカおいていっていいですか?気が済めば近くの公園とかに遊びに行くと思うので」
「ああ、いいよ。ブースターも楽しそうだしね。シキジカは言えば分かるから」
「はい、お願いします」
「うん。じゃあ、またね」
「お世話様です」
シキジカに帰ることを伝える。そのまま遊びに行っていいよ。暗くなる前に帰ってきてね、というと、頷いてくれた。
ブースターに挨拶。じゃあね、と頭を撫でる。目を瞑る。よしよし。
帰りはちょっと早歩きで帰る。
行きに秋を楽しんだし、お店を長く空けておくわけには行かない。
お店に着く。うん、お客様が待っている、ってことは無い。
鍵を開けて、電気を付けて。ポシェットから葉っぱを出す。
シキジカがくれた葉っぱは、掌より少し大きい木のお皿があったから、そこに入れておこう。お客様に待ってもらうようにある、木のテーブルの上に、お皿を置く。
葉っぱの配置とか考えないで適当に入れたけど、その乱雑さが良い…気がする。
ポシェットを外して置く。
さて、受け取ったものを確認しようか、なんて思っていたら。
「いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
サブウェイマスターさんが来た。
今日も、相変わらずきちっとしている。最初に来店されたときと同じ格好。仕事着、なのかな。
さて、今日はどういったご用件でしょうか。
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