やっぱり、あそこのクリーニング屋さんは丁寧で綺麗。コートがぴかぴかになって返ってきた。銀の大きな釦も割れていないし、大きなこの衿も撚れていないし。
点検終了。
さて、袖口のパイピングをお直ししなきゃ。
「クダリ」
「なに?」
私の双子の弟であるクダリは呑気に返事をしました。
「…時計を御覧なさい。いいのですか、急がなくて」
「あ、そうだね、急がなきゃだね」
まったく。社会人となった今でも時間にルーズなのは変わりません。マイペース過ぎます。私達は役職についております。そんなことでは、部下に示しがつきません。
だから、と言いますか。今クダリと私は同居しております。ですが、早く私が居なくとも時間を守れるようになって、独り立ちして欲しいものです。
本日はクダリが早番勤務で私が中番勤務。
クダリを見送ったあと、私はあのお直し屋へ向かうことにしましょう。
「じゃ、いってきまーす!」
「はいはい、私が居ない間お願いしますよ」
「まかせて!」
いつもながらの笑顔で出て行きました。
クダリはやればできるのですが、面倒くさいようです。それに、彼は自分に向けられている評価や意見を分かった上で、発言したり行動したりすることが出来ます。なので、タイミングを計ることができるので、自分の力の発揮する最適な場を分かっています。
なので、心配はいらないと思います、が…毎度思いますが、腹黒いですね。白いコートとあの笑顔でごまかしてはいますが。
さて、このダージリンを頂いてから出ましょうか。
そういえば、あそこのアッサムは美味しく頂けました。もう一度頂きたいものです。
よし、できた。
まだ時間はある。今日はサブウェイマスターさんのものと、他に四点のお直し。他の人のものをやっておこうかな。
まずワンピースの丈つめ、それからチュニックのリメイク。ジャケットのアームホールを内側にするのと、カットソーの衿ぐりをくる。
うちは、ライモンシティの裏路地にある。
娯楽施設で栄えているライモンシティにあまりイメージにそぐわないと思うけど、もうここで長らくやっている。
私で三代目。迷い込んでいらっしゃるお客様もいるし、代々の顧客様もいるし、私の代でいらっしゃってくれるお得意様もいる。
代々やっているものを継ぐ、というのは、プレッシャーをとても感じる。けれど、やりがいも感じる。
あ、そんなことを考えつつ丈つめをやっていたら完成した。
点検してみる。ワンピース自体が少し厚いウールで出来ているので、裁ち端をテープでくるんでまつり縫いをした。うん、ひびいてないし動きに問題は無い。
よし、ハンガーに掛けてカバーもかけて。
もうそろそろお昼。今日は何を食べようかな。
「失礼致します」
なんて考えていたら、お客様。見やれば、サブウェイマスターさん。
今日は最初に来店された時着ていたジャケットとスラックス。スラックスは前直したものだ。そして、白いシャツに瑠璃色のネクタイをしている。やっぱり黒はTPOに合わないからこの色のネクタイなのかな。
「ご来店ありがとうございます。本日は受け渡しでよろしいでしょうか」
「はい、お願い致します」
いつでも渡せるよう、準備はしておいたから、後はカバーとハンガーを外して確認してもらうだけ。
テーブルの上にコートを広げる。
「はい、こちらがお直ししたものです。ご確認を」
「はい、かしこまりました」
サブウェイマスターさんは袖口を見て、上から下までざっと見て満足したみたい。
「はい、ありがとうございます。こんなに綺麗にしていただいて」
「いえ、お気に召したようで幸いです。少々お待ちください、ハンガーに掛けて参りますので」
ふう。良かった。やっぱりこの確認してもらう瞬間は緊張する。
ハンガーに掛けて、カバーをかけて、テーブルに置いて、サブウェイマスターさんの元へ。
「お待たせ致しました。こちらにお願いします…お受け取り下さい」
「はい、ありがとうございます」
お金を頂いて、お釣りを渡す。お財布はやっぱり黒の本革の長財布だった。
うん、よし。無事に一件終えることができた。
「あの、」
「あ、はい、どうなさいましたか」
お見送りをしようと思っていたら、少し小首を傾げて話しかけられた。
サブウェイマスターさんは背が高いから、見上げる形になる。
質の良い身につけるもので固めている成人男性がそのポーズをとるのは、と思ったけど、妙に合っていて驚いた。
心の中でちょっと笑ってしまった。
「前、頂いたアッサムはどちらのものですか」
「えーと…はい、少々お待ちください」
まさかそんな事を聞いてくるなんて思いもしなかったから、ちょっと動揺が言葉に出てしまった。
勝手な見た目のイメージでコーヒーの方が好きなのかな、と思っていたけど、紅茶の方が好きなのかな。
裏から前に出したアッサムの茶葉が入っている缶を持ってくる。
「はい、こちらです。これはこの辺では売ってないので、もし買われるならホドモエシティのマーケットで買われる方がいいですよ」
ホドモエシティは交易が盛んなフキヨセシティの近くで、影響を大きく受けている街。ホドモエのマーケットは様々な地方の名産物が集まっていて、当たりを見つけるのが楽しい。
この紅茶も当たりで、よく買っている。今日はストックが無いから、分けてあげることが出来ない。ので、せめて買える場所だけでも。
「わざわざ、ありがとうございます。紅茶が好きなもので、おもわず」
サブウェイマスターさんは、口角を少し上げて、眦を緩ませた。本当に好きなんだ。伝わってくる。
「紅茶、お好きなんですね。なら、このアッサムは気に入られたでしょう。またのご来店の際には入れて差し上げますね」
思わず私も釣られて微笑んでしまった。
サブウェイマスターさんはちょっと破顔したまま、お願い致します、と言ってくれた。
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