「シュスちゃん、お疲れ様」



「お先失礼します、お疲れ様でした」



 今日は半日で仕事が終わった。高速船を利用するお客さんが多い月だったから最近は忙しかったけど、ピークを過ぎれば暇といえば暇になるのがこの仕事。

 今日はどう過ごそうかなあなんて考えて桟橋を渡っていたら、金と紫が視界の端に入る。良く会うなあ。



「マツバ、なにしているの?」



「シュスだ。ヤミラミの付き添いだよ」



「ふーん?」



 ほら、見てとマツバの目線には、小さい体のヤミラミがジーっと水面を見ていた。この子は海が好きなのかな?



「ヤミラミは光輝くものが好きなんだ。ゴーストタイプって明るい所は基本的に苦手なんだけど、この子はそれより輝くものの方が好きみたいだ」



「そうなんだ。夢中で見てるね」



「うん」



 思い出した。私マツバに聞きたいことがあるんだ。



「ねえ、マツバって今何してるの?」



「…シュス、もしかして越してきたばかり?テレビとかそういうの見ない?」



「え、うん。エンジュに住み始めたばかりだし、家にテレビないよ」



「そっか。じゃあ、そのうち分かるよ、僕の仕事」



「…意味深」



「ふふ、そういうの楽しくていいんじゃないかな」



 なんだろう、もしかして俳優とかかなあ。皆目麗しいし。
 ヤミラミは微動だにしないまま水面を見つめている。本当に好きなんだなあ。ほうっておいたら一日中見てそう。



「そういえば、マツバと私って少しの間しか遊んでなかったよね。よく私のこと覚えてくれていたよね」



 水面を見続けるヤミラミを見つめる私とマツバ。
 マツバは私の言葉にぴくりと反応して、私に目を向けたのを視界の端で確認できた。彼の口角が上がった。マツバを見る。



「うん。あの頃はすごく印象深いんだ」



 口角を上げたまま、目線が下がった。ヤミラミじゃなくて、どこか見てる。思い出しているのかな。そういえば私はマツバのことちゃんと知らないなあ。
 でも、私も実はあの頃の印象は深い。



「船でマツバに会ったときは、ちょっと引っかかっただけでマツバって分からなかったけど、私もあの頃の印象は深いんだ。私の手持ちにパルシェンがいるでしょ。あの子をゲットした頃なんだよね。初めてのポケモンで、今のパートナー。マツバはなんで印象深いの?」



 マツバが目線を私に向けた。いつものとろんとした笑みではなくて、寂しそうな笑み。様々な感情が入り混じった笑みだった。



「うん…大人になるための努力を始めた頃だったからさ。今は、もう、必要なくなってしまったけど、ね」



 私たちは大人になってしまったのかな、とマツバを見て感じた。



「そっかあ。難しいよね。ずっと幼いままでいられないから」
(語らうことは出来ても、分け合うことは出来るとは限らないよね。でも、)



「歩み寄ることは出来るよ、って。思うよ」



「…うん」



「…ごめん、偉そうなこと言って…」



「ううん、ありがとう」



 マツバの笑顔はとろんとしたものに戻っていた。力になれたのかな。そうだといいけど。
 あんなこと言ってちょっと気まずいな、と思っていたところで、ヤミラミがマツバの白いチノパンの裾をくいくい、と引っ張った。もう水面はいいのかな。



「ヤミラミ、もういいのかい」



 こく、と首を縦に素早く振る。ちょっと可愛く見えてきちゃったかなあ。
 マツバはヤミラミをモンスターボールにしまった。ちょうどボールを持つ手が目に入ってしまって、骨ばって男らしい手だなあ、なんて思ってしまった。



「よし。じゃあ、申し訳ないけど、僕は行くね。ありがとう、シュス」



「ううん、引き止めてごめんね」



「気にしないで」



 そういって、マツバは私の頬をするっと触った。え?



「ふふ、またね」



「うん…」



 え?








「どういうことなのかな…」



 マツバとわかれた私は、朦朧とした意識でペリッパーに乗って何とか家に帰った。玄関で靴を脱いだらそのままベッドへダイブして、もう一時間は経つ。
 マツバ、どうして私の頬を触ったのかな。思い出すたびに恥ずかしくて恥ずかしくて…うう。何度ももんどり打つ。今日仕事、早く終わったのに!今日はこのことで頭一杯になりそうかなあ…。



「うートドクラー」



 トドクラーは迷惑そうな顔をしつつも私の抱き枕になってくれていた。ごめん。氷タイプなのに暑苦しい思いさせてごめん。
 あーやっぱり体温低いから気持ちいい…。茹った頭に丁度いい。



「ぐー」



「あ、ごめんねありがと。落ち着いたよトドクラー」



 まったくもう、というようにからだ全体をつかってぺたずるぺたずる寝室から出て行った。かわいい動きするよねまったく!

 トドクラーと入れ替わりでマリルリがパルシェンごろごろ転がしてきた。遊んでるのかなあ。
 このパルシェンは、マツバと話したときに出てきた、シェルダーだった子。もう十数年の付き合い。マリルリも、パルシェンに次いで長い付き合い。マリルの頃はおしとやかだったのに、マリルリになったら特性ちからもちのせいか活発な子になってしまった。

 なんだか胸に込み上げるものがあって、ごろごろ遊んでる二人を思わず撫でてしまった。ありがとうねえ。



「ポケギアで写真撮ろう…ん?」



 ちょっと間違えて、写真のアイコンを押そうとしたら、別のアイコンをおしてしまった。そうしたら見たことないアイコンが出てきた。
 ポケギアで使うのは電話か写真撮るくらいで他の機能は使わなかったし、知らなかったなあ。なんだろうこのアイコン。選択してみようかな。

 音楽が鳴ってきた。人の喋る声も聞こえてきた。ラジオかな。



「エンジュシティのジムリーダー、マツバさんとコガネシティのジムリーダーのアカネさん。二人が戦ったらどうなるんでしょうね。タイプ相性的にはマツバさんの方が有利ですが、特性が…」




 私の頭の許容量が超えて、パンクした。








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