「…ごめん。ありがとう」
とりあえず、お礼と謝罪。
マツバはいつも通りにとろんと笑っている。
「そうだね。ちょっと手間取っちゃったかもしれないなあ。ねえ、シュス?」
バッヂを摘まんで私に見せつけてくる。さっきの表情と打って変わって、にたり、と意地悪い顔。
う。確かにそうだけど…。
マツバの本質って、きっと意地悪だと思うなあ。
どうしたらいいのかな。もっと謝ればいいのかなあ。
両手を顔の前で合わせて、頭を下げてみる。
「えーと…本当にごめんなさい!許して!」
「ふふ。どうしようかなあ」
またまたバッヂをちらつかせて、にっこりご満悦そうに笑う。垂れ目がさらに垂れ目。
笑っているから、ちょっとは許してもらえたかな。
「シュス、バッヂ欲しい?」
…何を当たり前のことを言っているのかなあ。だからこうして、来ているんだけど。
「うん。欲しい」
「そっかあ。じゃあ、こっちに来て」
骨ばった手が、私の手を取る。すごく自然にしたから、一瞬当たり前に感じてしまった。
いや、違う!何をやっているのかな、マツバは!変な汗掻いてる、私。
「マツバ!ええっと、ちょっと…」
「僕ね、こうして人の体温を感じることが好きなんだ。安心するし、その人がちゃんと存在しているということが実感できる」
「…うん」
「ね?」
…思わず、その通りかもと思って返事をしてしまったけど、うまく丸め込まれた気がするなあ…。手繋いだままだし。そのまま歩きだしているし。
うん。諦めよう。抵抗しても勝てないからなあ。
どこに行くのかな。
「予想はついていたよね…」
やっぱり、スズネの小道。相変わらずここは秋で、美しい紅葉に溢れてる。前に来た時と同じで、ここだけ時間が流れていないように感じるなあ。
先を行くマツバは繋いだ手を少し引っ張ってくる。…?隣に来いってことかな。
そう思って、マツバの隣に立つ。マツバを見上げれば、嬉しそうに笑っている。合っていたみたい。
「だってここ、好きなんだよ。シュスも好きでしょ?」
「うん…。嫌いになれないよねえ、ここは」
欲を言えば、昼間に見たかったかな。前も夜だったし。
そんなことを思いつつ、静かに紅葉を眺めていたら、する、とマツバの手が離れた。どうしたのかなあ。
「マツバ?」
「シュス、こっち来て」
声がしたほうを見やれば、座布団くらいの大きさのシートを敷いている。そうして手招きする。
あからさまに一人用のシートだけどなあ…。
「ここ座って」
「…うん?マツバはいいの?」
「うん。平気」
有無を言わせない笑み。いつも通りのとろんとした笑顔に見えるけど、威圧感がある…。
とりあえず言われた通りに座る。体育座り。
あ、ちょうど紅葉も見渡せるから良い感じだなあ。楽だし。
そんなことを悠長に思っていたら、後から肩らへんに腕が回ってきた。驚いていれば、今度は白いチノパンに体を挟まれた。
…そんなにくっ付きたいのかなあ、マツバ。
「シュス、後に寄りかかってきていいよ」
「………マツバ、安心したいのかな?」
「うん。だからくっついてきてよ」
ぐい、と腕がマツバのほうへと押してくる。されるがままにしていたら、首より少し上が鎖骨に当たるのを感じた。ちょうどはまって良い感じかなあ。
マツバの腕が、ぎゅ、と私を掻き抱く。
…。うん。どきどきするけど、段々と鼓動が落ち着いてきて、安心する。
私は、マツバのことが好き。だから、こうして私に触れてくれるマツバを受け入れようと思った。
マツバが私に触れることをどう思っているかは分からないけど、私は触れてくれることを嬉しく思うから。
目を瞑る。
そうすることによって、更にマツバの存在が浮き彫りになる…気がするかな。
私に回っている腕を、握る。しっかりとした男の人の腕。
ああ。眠くなってきた。さっきまであんなによく寝たのになあ…。
「…ねえ、シュス。どうやったら信じてもらえるかな」
「…ん? 何を…」
「シュスは海が好きだけど、その海の魅力を伝えるにはどうする?」
「んー…。まずは足だけ浸かってもらって…慣れたら、私の手持ち達にもお願いして…全身海に浸かってもらって……徐々に魅力を伝える、かな…」
「そっか。なるほど」
「うん…」
「参考にさせてもらうよ」
「んー…」
「…シュス?寝ちゃうの?」
「んん…」
「…じゃあ、今のうちに」
ほんの五分くらいだけど、寝てしまった。
マツバに起こされて、疲れてるようだからもう帰ろうか、と言われて、頷いて。
バッヂもきちんと渡されて。
…含み笑いをされて、別れた。
…寝ている間に、何かされたのかなあ…。
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