私の手の自由は、マツバの手に奪われている。軽く握手をするみたいに繋いでるけど、ほんの少し指を動かすだけで、マツバの体温を感じてしまって、固まってしまう。
マツバの手は、大きくて温かくて、心地良ささえ覚えていた。けど、緊張しちゃって、顔が真っ赤だと思う…。
もう、子供じゃなくて、大人。そして、男の人。
そんなこと、分かっていたはずなのに。どうして、このことを今、意識してしまうのかなあ…。
「マ、マツバ」
搾り出した声は、ちょっと掠れてた。
少し前を歩いていたマツバは、歩みを止めて、ゆっくりこちらを振り返った。
あ、指が。指が動いて、きゅ、と握り直された。手全体で体温を感じてしまう。マツバが、うっすら微笑んだ。
「なに?」
「う、あ、あの、ね、これ、恥ずかしいな、って…」
「そう?僕は嬉しいけど」
「へ、嬉しいって…」
うう。なにこの人…。
目線を外してしまう。マツバが、見れない。だからといって、視線を下に向ければ、繋がっている手が見える。もう、どうしたらいいのかなあ…。
一応、マツバを見やる。まだ、微笑んでる。
「昔を思い出してさ。ねえ、シュス、もうちょっと繋がせてよ」
真剣な目、だった。マツバ、本気でそう思って言ってる。
そうだ。これは昔を懐かしんでやっていること。心地が良くて、どこか、心が浮いたような、なんというか、むず痒い感覚になるのは、懐かしくて、またこういったことが出来るのが嬉しいからだ。
「う、うん…」
「良かった」
マツバはとろん、と笑っていた。う。心臓が早鐘みたいだ…。空いてる手で胸を押さえてしまう。それを見たマツバは口角を上げて、目を少し細めた。そして、私の隣に並んできた。
「じゃあ、行こう」
こちらを見やりながら、手に力が入った。頷けば、またマツバはとろん、と笑った。
スズネの小道の前にある建物に着くまで、あまり会話は無かった。けれど、気まずさ、というものは感じなくて。
建物に着いたら、マツバはここで待ってて、と言って中に入っていった。その時、離れた手が、名残惜しくて。それを隠すために、まだ温もりがある手を握り締めた。
二、三分したら、マツバは戻ってきた。ここを抜ければ、スズネの小道だよ、と教えてくれた。昔は何もなしに入れたけど、今はどうしてこういった建物が出来てしまったのかな。…まあ、色々、あるのかなあ。
行こう、と言われて、ごく自然に手を繋いだ。どきり、とした。 …嬉しかった、のかなあ、私。
「あ…」
「着いた。懐かしいね」
一面に広がる、赤と黄色の葉を付けた木々。別世界に来たみたい。見上げて惚けてしまう。
ここ、スズネの小道は、一年中紅葉している。ずっと紅葉している理由は、ホウオウの加護を受けているから、とか言われているけど実際はよく分かっていない、らしい。
こういった自然の神秘を目の当たりにすると、理屈は分からないけど綺麗、と思えることが大切なんじゃないかなあ、なんて思ってしまう。
「相変わらず、綺麗」
「うん」
マツバを横目で見れば、木々に見惚れていた。目線を戻して、木々を見つめる。
手は、繋いだまま。
私達は彩られた木々に魅了されていた。
「………シュス、ここで色々話したね」
「うん、そうだね。ポケモンについて教えてくれたね…そういえば、ここを教えてくれたのはマツバだったよね」
「そうだったね。シュスだったから、教えてあげたんだよ」
「…うん」
指が絡んで、私の手とマツバの手で、祈るような形になる。これは、所謂、恋人つなぎってやつじゃないかなあ…。
「シュス。僕、待っているからね」
木々に魅了されたのは、その彩が要因か、あの頃の思い出が要因か。
分からないけど、マツバのその言葉は、いつの私に向けて言ったのかが分からなかった。
それはいつの私に言っているの、と目線をマツバに向けて聞けば、こちらを見ないまま、さあ?と薄く微笑んで、首を傾げて言った。
結局その日は、ぼうっと紅葉を見ていて、もう時間も遅いから帰ろう、というマツバの言葉でスズネの小道を去った。
…終始手は繋ぎっぱなしだったけど。
まあ、とにかく、マツバはエンジュジムまで送ってくれた。
ただ、帰路につこうとした時、マツバは私に近づいて、周りに人居ないのに、わざわざ屈んで耳打ちしてきた。
「またスズネの小道に行きたくなったら、僕に言って。一緒に行こう、ね」
マツバの顔を見れば、街灯にぼんやりと照らされた中でとろん、と笑っていて、吃驚するほど妖艶だった。
思わず、頷いてしまう。この妖艶さは、有無を言わせない何かを感じた…。
じゃあね、と私の頭をそっと撫でてマツバは闇に溶けていった。
…今日は本当に濃い日で。
思い返せば、様々な思いで胸がいっぱいになる。
私は帰路にはつけず、その場で突っ立ったまま両手の指をお腹の前で絡めて、俯いてしまって。
…何故だか泣きたくなってしまって。ほんの少しだけ、涙を流した。
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