!大人の女性のふりした夢主とそれを崩すノボリさん。
!名前だけカミツレさんが出ます。
痛い。
足首、やられた。これは治るまで結構かかるかもなあ。はあ。こんなにきちんとフォーマルドレスを着込んだ女が、涙目になりながら裸足で夜の噴水公園を歩いている姿なんて、たまたま通りかかった人が見たらどう思うだろう。恋沙汰、に思われるのだろうか。
はあ。
ちょうど良くベンチがあったから、座る。外灯の下だから、良からぬ人は近づいてこないだろう。
クラッチバッグから手鏡が入った袋を出す。その袋から手鏡を出そうとして、ネイルが目にはいった。所々剥げている。あーあ。爪自体が割れてなさそうだから、まだましか。このネイル、上手くいったと思ったのになあ。
とりあえず、ネイルはおいといて、鏡を覗き込む。わ。メイク結構崩れてる。ティッシュあったよね。ちょっと直して、飲み物でも買って、飲んで落ち着いたらどう帰るか考えよう。明日休みだし、何とかなるかな。靴もヒールが折れてるけど、履けないって訳じゃないし。
あーもう、ついてない!
お化粧直したし、近くにある自動販売機に行く。温かいものにしよう。きっと心も落ち着く。色々あるけど…うーん。ココアにしよう。
ベンチに戻って、飲む。ふう。おいしい。
なんて思ったら、ぽろっと涙が零れた。
びっくりした。次から次へと零れる。止まらない。
「う、うぅ…ひ、ひっく……」
嗚咽まで漏れ出した。体も震えて止まらない。どうしよう。軽くパニック状態になる。
過呼吸になりそう。口を両手で覆って、深呼吸。大丈夫。だいじょうぶ…。
「ツバキ!やはりここにいましたね!」
「へっ…」
あれ…。滲んだ視界だからよく分からないけど、声からしてノボリがいる…。なんで?涙止まった。
「なんで…」
「カミツレ様から連絡いただきました。貴女、酔ってしまったんですって?絡み酒なのですから…それをふまえた上で適量を飲みなさい、と耳にタコが出来るくらい長々と申し上げようとしましたが…。まったく」
そう言いながらノボリは私の隣に座って、上半身を捻ってこちらに向けて、私の頭を首元に引き寄せた。と、同時に引き寄せた左手が優しく撫でてくれた。
落ち着く匂いがする。ノボリの匂いだ…。引っ込んでいた涙が溢れてきた。
「…うぇぇ…ノボリ…ノボリ…!」
首元に縋り付いて、泣いた。泣くことだけ考えて泣いた。
「…何かあったのでしょう?ヒールが折れていますし、足も捻っているようですし…」
「っひ、うぅ……あ、あのね、お酒飲んで、カミツレと、別れて、気分良く、歩いてたら、お、男の人に、強引に、腕引っ張られて、押し、倒されて…無我夢中になって、逃げたら、ヒール、折れちゃって…。それで、足、を捻っちゃって…」
思い出したら、手が震えてきた。温もりが欲しくて、ノボリの体をかき抱く。
「こ、怖かったよ…!ノボリ、ノボリ…!」
ノボリは何も言わなかった。私がこんなに取り乱しているのを見たことないからだろう。いつも一歩外から物事を見て、発言している私。恋人であるノボリの前でも、すまして、着飾って、微笑んで、冷静な私。取り繕って、自分自身が傷つかない様に、できた私。
こんな簡単に、崩れてしまった。涙が止まらない。
ノボリはずっと頭を撫でてくれている。
「怖かった、ですね…もう、平気ですよ。安心してくださいまし」
優しい声だった。
…きっと、カミツレの連絡を受けてから、ノボリは仕事場から飛び出して私を探していたんだろう。今気がついたけど、とんでもないことさせたな…。
ノボリから離れる。あ、なんだか名残惜しい。
「…ノボリ、ごめんなさい。迷惑かけたね」
「貴女は、どこまで甘えるのが下手なんですか」
まったく、と呟いて私の頬に片手を添えた。大きくて、筋張った手。視線がかち合う。
「私では、頼りになりませんか」
「な、ならない訳がない!だって、こんなの、私が起こしたことだし…。私が悪いんだよ。いつも仕事が忙しいのに、それに付き合わされたノボリに申し訳が立たない、というか…」
「ツバキは、バカ、ですね」
ばか、って言われた…。初めてだ。
ショックを受けて固まる私をよそに、もう片方の手で私の涙を拭いながらノボリは続ける。
「少しでいいから、ツバキの負担や不安、悩みを私に分けさせてください。私は、そのために貴女の恋人になったのですよ。不器用で、甘え下手なことは十分、分かっております。何も恥ずかしく思うことはありません。頼ってください、私を」
ノボリの両手が離れる。思わず見上げれば、彼は本当に薄ら笑った。すごく、ドキッとする。私のすべてを、受け入れてくれそうな、優しい顔だった。そうして、視界が真っ暗になる。それに心地良い圧迫感と温もり。ああ、抱きしめられているんだ。って!お化粧が服に付いちゃう!
「の、ノボリ!お化粧、服に付いちゃう!」
「構いません。それより、約束してください。私を頼ってくださいますか」
腕に、力が入った。より強い圧迫感。心臓の音が聞こえる。ちょっと、早い。
なんで、この人はここまでしてくれるの。なんで…こんなに嬉しいの、私。
「、はい、頼らせて、ください」
「喜んで」
私もノボリの背中に腕を回して、抱きしめた。
所々剥げてしまったネイルのことか折れたヒールのこととか私を押し倒した男とか、頭に過ぎったけど、ノボリが居てくれれば十分、と思えた。
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