!大人の女性のふりした夢主とそれを崩すクダリ。
!ピロートーク。
「どこ行くの」
いつも通り汗掻いてべたべたな体を綺麗に、そして顔もきちんと作って、朝を共に迎える彼に失礼のないように、とお風呂場に向かおうとした時だった。
後ろ手を引かれた。見やれば、あれ、起きていたの?いつもなら寝ているはずなのに。ちょっと驚いた。
「どこって、お風呂だけど」
「行かなくていいよ、ここにいて」
「わ、ちょっと…」
掴まれた二の腕に、力が入って引っ張られて、後頭部がクダリの胸に収まった。そしてそのままベッドにクダリの上に寝そべる形に。
あったかい。少し頬がゆるんでしまう。彼の少し幼い部分はとても魅力的で私には愛おしく感じる。
ゆるんだ頬を引き締めて、くるっとクダリの方に体ごと向く。
「…なあに、寂しいの」
「そうかなー。そうかも!」
目線を合わせてみれば、いつもと同じ笑顔。ああ、好きだなあ。
でも、私は大人にならなくちゃ。恋愛も、情熱的に愛を語らうものじゃなくて、静かに穏やかに、お互いを認め合うものにしなくてはならない。
「そんなときも、あるよね。でもね、クダリ、今は離してくれない?」
「やだ!このままがいいな」
「んー…どうしたら離してくれる?」
「えー?じゃあ、お化粧落として。ぼく、きみの素顔が見たいな」
思わず、目線を逸らす…それは、困る。私の素顔は、大人とは程遠い童顔。そんなの、クダリに見せたくない。
「…他に方法はないの?でも、なんで素顔を…」
「ないよ!だってツバキ、ぼく何度もきみとこうして夜を一緒にしているけど、一度も君のお化粧落とした顔見たことないんだよ」
「それ、は…」
だって。見せたくない。私はクダリの隣にいさせてもらうため、努力した。
クダリはサブウェイマスター。社会的地位も収入も一般のそれとは違う。それに外見も端麗で身長も高くて…とにかく恵まれている。
自分の欠点を隠す、なおかつ自分を綺麗に見せ、頭のてっぺんからつま先まできちんと手入れして、誰が見ても”美しい大人の女性”になった。もちろん、正しい礼儀作法、美しい立ち居振る舞いも身につけた。
夜を共にするとき、いつだって私は油断していない。一度も素顔を見せたことは無かったし、クダリに朝を一緒に迎えてよかった、と思ってもらえるように努力してきた。
それくらい、私はクダリに夢中。表には出さないけど、毎度の行為とか、お話してるときのちょっとした表情とか、高い地位についていながらも幼いところがあるとか、それに反してきちんとやるときはやるところとか…。
もう、全部好き。
そんなクダリに素顔を見せるなんて…。
「は、恥ずかしいよ…」
恥ずかしいのは事実。だけど、クダリに失望されたくないっていうのが本心。聞こえの良いように言っただけだ。
す、と脇の下に手を入れられて、そのまま上に持ち上げられた。クダリの上に跨って座る形になる。クダリも目線を合わせるように上半身を起こす。
お、男の人だなあ。力が強い。
「ねえ、ツバキ。ぼくね、こう見えても人の心の機微には敏感なんだよ」
「…うん、知ってる」
そうなのだ。クダリは結構人のことを見ていて、それを踏まえた上で人と接していたりする。だからか、ノボリさんには腹黒が白い服を着て歩いている、なんてたまに言われたりしている。そこも素敵だと私は思うけどな。
「うん。だからね、ツバキのことも分かっているつもりだよ?」
「………」
また目線を下に向ける。わ、今思ったけど結構危ない体勢してるな、私たち。
と、とにかく、私の思っていることはそんなに伝わってないんじゃないかな、と思っていたけど…。伝わっていたとしても、自分のために見た目の維持の努力を抜かりなく行なってる、くらいかなとか。
「…ぼく、特に分かるのは、ぼくに向けての好意。ツバキ、きみってぼくのこと本当に好きだよね」
「…うん」
嘘ではない。ただ、その感情を小出しにしてるだけで。
「その見た目とかも、自分のためじゃなくてぼくのためにしてくれてるんだよね」
「……」
…なにを言われるのかな。そういうの重い、とか言われたら…。
「じゃあさ、ぼくのために本当のきみを見せてよ。ぼくは、きみならどんなことでも受け入れられるよ」
「…!」
思わずクダリに目線を向けてしまう。クダリは、とびっきりの笑顔だった。なんだか、胸が、むず痒い。高鳴る。無意識に手で押さえてしまう。
そんな様子を見たクダリは何を思ったのか。
私の、胸を押さえていない方の手を持ち上げて、薬指の先にキスをした。
「ね?いいでしょ?」
そう言って、クダリは私に近づいてきて首、頬、こめかみ、とキスを落としていく。
私は色々いっぱいいっぱいで、声が出なかった。
泣きたいような、笑いたいような、身を縮めて自分を抱きしめたいような、様々に思うことがあって、とりあえずクダリに抱きついた。
「…クダリ、私、貴方が思うほど大人じゃないよ…」
「うん、ぼくもだよ!同じだね」
私の背中にクダリの腕が回されて、ぎゅ、と力が入った。
あったかい。
顔を上げて、クダリを見る。思わず、あんなに家の鏡の前で練習した笑顔を忘れて、何も考えないで笑った。すると、クダリの頬がみるみる赤くなっていく。
えっ、照れてる…?
「…もう、ツバキはかわいいなあ…」
綺麗は度々言われていたけど、かわいいだなんて。初めて言われた。
初めて言ってくれたね、なんて言う間もなく私の唇は塞がれた。
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