急に申し訳ないけど、双子だから寸法はどうなのかな、と興味が湧いてしまった。職業病…いや、ただ知りたいだけ。
寸法をメモしてある表は置いてきたけど、ノボリさんの寸法はだいたい頭に入っているから平気。
…そういえば、ノボリさんのことを聞く前に採寸させて下さいと言ってしまった。
「クダリさん、急に採寸させてください、なんて驚かせて申し訳ないです…」
「ううん、大丈夫。ナマエちゃん、ノボリと比べたいんでしょ」
「は、はい…。興味が湧いてしまって…」
「そうだと思った。いいよ、どうぞ好き勝手に測って」
「すみません、ありがとうございます。それと、採寸のことを先に言ってしまって、聞きそびれてしまいましたが、ノボリさんは…」
「そんなに採寸したくなったんだ。へへ、ナマエちゃん面白いね。ノボリはまだ勤務中だから…もう少ししたらここに戻ってくるよ」
「そうですか。じゃあ、ノボリさんが来るまで、待たせてもらってもいいでしょうか…」
「それももちろん」
クダリさんはまた笑顔をくれた。うん、よく似合う。
急なお願いに答えてもらってしまった。お仕事中なのに申し訳ない。時間は取れないから、手早く採寸させてもらおう。
いつものポシェットから畳んであるメジャーを取り出して、ぴっと両親指で伸ばす。
ちょっとクダリさんが驚いた表情をしていた。
「メジャーもってるんだね、驚いた」
「はい。一応持っています。便利かな、と思って」
「洋裁が好きなんだね」
「はい。私の一部です。好きなことを仕事に出来て、幸せです」
「ぼくもバトルと電車が好きだから、仕事にできて幸せ。ノボリもそう。一緒だね」
…そう言われると、恥ずかしい…けど嬉しい、なんて。
「、はい。ありがとうございます」
「本当のことだよ。さあ、採寸しよう?採寸ってたくさんしなきゃいけないんでしょ?」
制帽を脱ぎ、シャツを脱ごうとするクダリさん。ああ、やっぱりクダリさんも、お洋服の知識がきちんとある。
シャツを脱いだクダリさんは、タンクトップを着ている。うん、測りやすい。有難い。
「あ、すみません。シャツ脱いでもらって」
「こっちの方が測りやすいでしょ? どこから測る?」
「……じゃあ、腕丈からで」
「チェストからじゃないんだ?」
「一番気になるので…」
クダリさんが、そっか、と言いつつにへら、と笑う。思わず釣られて笑ってしまった。
太陽みたい。なら、ノボリさんは月だな。 …ちょっとロマンティック過ぎるな。
さて、腕丈を測ったら次にどこを測ろうかな。
私って、前しか見えない時がある。夢中になったりすると、そうなる。
…クダリさんの寸法がノボリさんと一センチくらいしか各々差異が無くて、双子って寸法も似るのか、居る環境が似ているからかな、だったらまったく違う環境に居る双子は寸法違ってくるのか…なんて考えて、背丈を測りつつクダリさんに、あんまり寸法に違いが無いですね、と報告させてもらう。
えー、そうなんだ。ぼくの方ががっちりしてると思ったのに…と残念がられる。
男性はやっぱりそういう所を気にするのか…。無駄な肉が無いじゃないから良いと思いますよ、と言いながら顔を上げると、ノボリさんが扉を開けて固まっているのが目に入ってしまった…。
夢中になっていたから、気付かなかった。いつから居たのですか、ノボリさん…。
…どうしよう。
「あ、ノボリ。お疲れさま。固まってないで入りなよ。勝手に勘違いしないでね?」
確実にノボリさんと私の間に、張り詰めた重苦しい空気が流れた。
けれども、クダリさんが朗らかに声を上げて、その空気を壊してくれた。私はクダリさんの肩越しからノボリさんを見ているから、クダリさんの顔は見えないけど、きっと満面の笑みだと思う。クダリさんからの雰囲気と、ノボリさんが目を見開いて固まっているから。
「…クダリ、とりあえずシャツを着てください」
「はいはい」
ナマエちゃん、採寸ありがとう、とクダリさんは私に一声かけて離れ、シャツを着出した。
ええと。どうしよう。とにかく、クダリさんにこちらこそ、とお返事して、メジャーを畳んでおいて、ポケットに入れて、空いた両手をお腹の前に組む。落ち着かない。だって、ノボリさんが、いつもと違う。目を合わせてくれないし、ちょっと眉間に皺を寄せて冷たい印象。
「もう、ノボリ。勘違いしないでって言ったじゃん。時間だからぼく行くけど、ナマエちゃん来てるんだから良い時間にしなよ!」
「…わかっております」
…クダリさん、行っちゃうのですか…。ああ…またねー、と明るく制帽を持って、出て行ってしまった…。
ノボリさんをちら、と見ると、目線を斜め下にしてむっつりとした表情。
あああ、どうしよう。クダリさんの言う通り、何か勘違いしている気がする…。
私が下を向いてまごまごしていると、かつかつ、と足音が近付いてくる。驚いて顔をゆっくり上げると、険しい顔のノボリさん。ばっちり目が合う。
「…ノボリさん…。な、何か勘違いしていませんか…?」
「…しておりませんよ。メジャーを持っていらしたでしょう。きっと貴女様のことですから、クダリの寸法に興味をお持ちになられたのでは」
「その…通りです…。双子なので、寸法も同じなのかな、と…」
「やはり、そうですね。分かってはいたのですが…」
「はい…。の、ノボリさん。何故、そんなに険しい顔をしているのですか…?」
そう問えば、変わらずの顔で私を見つめるノボリさん。何も言わない。目線は、合ったまま。
どうしたらいいのか考えていると、ノボリさんが私を抱えた。真正面からがっしり掴まれた。驚いて身を縮めていると、ソファにそっと置かれた。少し体が弾んだ。やっぱり良いソファだ。次いで、私の隣が沈む。ノボリさんが座った。
ちらっと、隣を見れば、十センチも無い近さでノボリさんが相変わらず険しい顔で私を見ていた。
…どうしよう、とノボリさんを見つめたまま固まっていると、ノボリさんは私と腕を組んで、制帽を脱いでソファの背もたれに凭れ、制帽で天井を向いた自分の顔を隠した。
ええ、と…?
「…ナマエ様、十五分経ったら起こしてくださいまし…」
「…へっ!? ……分かりました、起こしますね…」
ノボリさんは、がっちりと私の腕と自分の腕を絡ませたまま、自分の手を組ませ、そのまま寝てしまった…。
お仕事中だし、疲れているとは思うけど…。さっきの顔はなんだったのかな…。
がっちり力が入っているから解けない。 …仕方ない。ノボリさんに少しだけ寄り添って、一息。
あと十五分後にはノボリさんを起こさなきゃならない。
最初になんて話しかけようかな…。そんなことを考えつつ、ノボリさんの言葉を反芻していると、険しい顔の理由が分かって…。
顔がじわじわ熱を持ち出した。
素直に気持ちを言ってくれて構いませんよ、ノボリさん。
愛おしいなあ。ぽんぽん、と頭を撫でさせてもらった。
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