!バトルサブウェイの完全なる捏造。









「はい、ありがとうございます」


「いえ」



 いつもの恒例の採寸。今日は手のひら回り。この寸法が分からないと、例えば長袖のシャツなどを作って、着てもらうときに手が通らなくなってしまう。
 それにしても、採寸表が半分埋まった。これが全て埋まることに寂しさを感じたり、ノボリさんに会えなくなるとか考えたりしたけれど、今は埋まることが嬉しい。
 ノボリさん、まだちょっと採寸されることに照れがあるみたい。全部測り終える頃には、慣れてくれていると良いけど。

 今日のお茶はティンブラに輪切りレモンを添えて。お茶請けはフロランタン。小さく切って、一口で食べられるようにしてみたけど、ノボリさんには小さかったかな。

 採寸も終わって一息ついて、二人でお茶を啜る。
 落ち着くな、と思った。










 今日はホドモエにお買い物へ行こうと思って、地下鉄を利用しようと駅に向かう。もちろんライモンの中心街にあるバトルサブウェイにある駅。
 少し、ノボリさんに会えたらな、という気持ちもある。でもきっと、忙しいから会えないかな。以前は運が良すぎた。

 そんなことを考えていたら、駅に着く。
 構内をぐるっと見渡してみる。あの黒は…やっぱり居ない。

 …ちょっとバトルサブウェイの方を覗いてみても、いいよね。
 うん。もしかしたら、居るかもしれないし。時間もあるし。そうと決まれば、向かうのみ。

 地下鉄と併設されているバトルサブウェイ。ポケモンバトルを生きがいとしているトレーナーが、日夜挑む電車内バトル施設。バトルポイントとよばれる、バトルを有利に進めるアイテムを交換できるポイント。勝ち進めることで貰えるそれのために、何度も挑戦する人が多いらしいけど、純粋にバトルが好きでリピートする人もいるらしい。

 …全部ノボリさんの受売りだけど。
 とにかく、バトルから程遠い生活を送っている私にとって、踏み入れたことのない領域。少し、緊張する。
 地下鉄の駅からさらに階段を下って、広がるバトルサブウェイのロビー。照明が少し寒色で、気が引き締まるというか、緊張するというか。
 真ん中に受付。それを中心として八箇所、等間隔で円状に並ぶ電車とホーム。疎らな人。皆真剣な顔をしている。

 …すごいところに来てしまった。ノボリさん、すごいところで働いている。

 そうだ。当初の目的。ノボリさんが居るかどうか。
 円形の構内だから、一周して居なかったら電車に乗ってホドモエに行こう。



 …一周したけど、居ない。
 …しょうがない。会えなかったのは残念だけど、ホドモエに行こう。そう思って階段を上がろうと踏み出したら、後からだだだだだ、と走る音。
 急いでいるな、危ないな、と思って壁際に寄ろうとしたら、ナマエちゃん、と名前を呼ばれた。
 誰だろう、と振り返れば、白。クダリさんだ。コートは着ていない。走ってきたからか、息が乱れている。
 驚いた。



「…クダリさん。そんなに走ってきて、どうされましたか」


「ここ、監視カメラついてる。モニター見てたらナマエちゃんがいたから、走ってきた。お話したくて。時間あるかな」



 にこり、と笑うクダリさん。
 同じ顔なのに、可愛らしい印象。和んでしまう。



「はい。あります。お話しましょう」


「よかった。じゃあ、こっちに来てくれる? 前も入ったと思うけど、執務室に案内するね」



 前も思ったけど、私が入っていいのかな…。









 クダリさんと最後にお会いしたのは、前、執務室にお邪魔したとき以来。ノボリさんと、特別な関係になれたあの日。
 ノボリさんは、片割れであるクダリさんに様々なことを打ち明けていると以前言っていた。お付き合いしていることも打ち明けているとも。
 挨拶しなきゃ。



「着いたよ、はいどうぞ」



 スマートな振舞いで扉を開けて、手を中へ示して誘導してくれる。
 紳士。ノボリさんもよくしてくれるな、この行動。レディファーストを教えられて育ってきたみたいだ。嫌味っぽくなく、ごく当たり前に二人ともしてくれた。
 少し微笑んで、扉をくぐらせてもらう。
 執務室は相変わらず…いや、コルクボードの紙が増えていると思う。あからさまに。

 クダリさんが座ってね、と言ってソファを手で指し示す。返事を一つ。有難く座らせてもらう。
 私が座るのを見てから、クダリさんも向かい側のソファに座った。



「急にごめんね、呼び止めて」


「いえ、お気になさらず。私もお話したかったですし」


「ならよかった。じゃあ、早速。ノボリ、どう?」


「…ええと。一緒に居て面白い、と言ったら失礼ですね…。会う度に新しい面が見えて、楽しいです。それと、こういった気持ちになったことがなかったので、新鮮です」


「そっか…。ノボリ、最近柔らかくなってきた。ナマエちゃんとの時間があるからだと思う。前は真面目で固すぎて困ったけど、今はいい感じになってる」


「…そうです、か」


「うん。だから、これからもノボリをよろしくね」


「…はい。こちらこそ、お願いしたいくらいです」


「へへ。ありがとう。あ、ノボリむっつりだから気をつけてね」


「…む、むっつり…」



 それってどう気をつければ良いのですか、クダリさん…。



「あ、後、ノボリから聞いたけど、採寸してるんでしょ?」


「はい。お茶のお礼になにかできることはありますか、と聞かれて、採寸させてほしいと言ったらさせてくださいました」


「生真面目だね、ノボリ」


「…そう、私も思います」



 くすくす、お互い笑い合う。
 クダリさんって笑うとしっくりくる。笑顔が一番似合うのだろう。
 ノボリさんは笑うというより、微笑む、といったほうがいいかもしれない。

 どうしてこんなに違うのだろう。同じ遺伝子を持つ、双子なのに。
 環境が人を育てるとは聞くけど、この二人を見ていると確かに、と思わされる。

 ………ちょっと、思いついてしまった。
 確かめて、みたい。幸い道具はあるし…。



「あ、あの。クダリさん」


「ん?なに?」


「ええと…採寸、させてくれませんか…?」





 クダリさんはちょっと驚いて、それからにっこり笑って、いいよ! と、言ってくれた。







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