私、疲れていたと思う。
スカートの丈つめ。肩パットの調整。パンツとスカートのウエストつめ。これを午前中すべてお直しした。
我ながら満足。手を抜いたというところはない。けれど、早くお直しをすることができた。
嬉しい。達成感。
そんなことがあったから、お昼はちょっと豪勢にした。サラダにコーンスープ。適当にあったものを味付けたり焼いたりして挟んだ、サンドウィッチ。パンはちょっとトーストして。
おいしかった。幸せになって、食後の紅茶。今日はウバ。
一息吐いて、クッションに寄りかかって座るシキジカを見やる。
うつらうつら、と気持ち良さそうにふねをこぐ。
今日は日差しが暖かくて、ぽかぽかしている。確かにこんな日は眠くなる…私もちょっと疲れたかもしれない。お昼だし、十五分くらい寝て午後に備えようかな。…うーん、大丈夫でしょう。十五分くらいだし、ノボリさんには悪いけど…少し寝ようかな…。
店の扉に紙貼っておいて、ノボリさんに心の中で謝りつつ、いつものテーブルに伏せて寝に入った。
心地が良いな…。
「………うう…ん」
自然と目が覚めて、体をもぞもぞと動かす。ずっと同じ格好で寝ていたから、固まってしまっている。腕も伸ばそうと思って、前方にテーブルに伏せたまま伸ばしたら、何かに当たった。
……なんだろうこれ…。スーツの生地かな…。…腕?かな?
顔を上げて確認せず、手だけを動かして当たったものを確認。腕かもしれない、と中りをつけて、無遠慮に触ってみる。あ、手…骨ばった手。
手に触れたら、びくっと震えた。
流石に男の人だと勘付いて、顔を上げた。
「の、のぼりさん」
「おはようございます、ナマエ様」
呂律が回らない。寝起きだということと、ノボリさんがいたことに驚いて。
ノボリさん、ほんの少し眉根を寄せてちょっと困った顔をしている。頬もちょっと赤い。ええと…状況を把握した。
「寝ちゃいました…」
「そのようですね」
腕を組んで、私に言うノボリさん。…どうしよう。
「…ご、ごめんなさい。寝て、しまって」
姿勢を正して謝る。
ノボリさん、私のことを心配してくれて以前ああ言ってくれていたから…悪いことをしてしまった。
「…ナマエ様、お疲れだったのでしょう。きっと」
「ええと…そうですけど、でも、無用心に寝てしまったのは事実で…」
ノボリさんが、徐に手を伸ばしてきた。何をするのかな、と見守っていると私の頭にのせてきて。二、三度撫でられた。
切れ長な目が少し緩んで、優しく見つめてくれる。
そんなノボリさんを見ていると、湧き上がってくる罪悪感。
私、ノボリさんを裏切ってしまった。
「…ノボリさん…」
「貴女様はとても努力家です。強い芯がある。けれど、心配なのです。私は貴女様に今のまま仕事に打ち込み、生き生きとしている姿を見ていたいのです」
「…はい」
「けれど、何かあったらそんな姿も見ることができなくなります。貴女様が思う以上、貴女様は私にとって大切なのです。もっと、自分を大切にしてください」
うわ。じわじわ頬が熱くなっていくのを感じる…。すごい殺し文句だ。ノボリさんにしてみれば、本当にそう思って言ってくれているとは思うけど、それ故ストレートに伝わって、目を逸らしたくなってしまう。
ノボリさん、私のことそんな風に考えてくれていた。
むずむずする。恥ずかしいのかな、私…。こんなに私のことを真剣に考えてくれる人なんて、今までいなかった。いや、気がついていなかっただけで、いたかもしれないけど。
私の頭にのっているノボリさんの手に、自分の手を重ねた。冷たい。あ、目を見開いて驚いている。
…なんだか、嬉しいな。
「ありがとう、ございます。ノボリさん。そして、すみませんでした」
思うがまま、感じるがままの表情をする。私、はにかんでいると思う。
重ねた手を、きゅ、と握る。じわじわ温かくなって、幸せな気分。
ノボリさんを見ていると、照れているみたいで、合っていた目線はだんだん下がって、頬と耳が赤くなってきた。
可愛いなあ。
「い、いえ。分かってくださったのならなによりです。今後、こういうことをなさらないでくださいね」
「はい、わかりました」
手がぽかぽかになってきた。それと、なんだか感じる物足りなさ。なんだろう、なんでそう感じるのか。考えていたら、分かった。
今繋いでいるのは手の甲。掌じゃない。
「ノボリさん、ちゃんと手を繋ぎましょう」
「はい?それは…っ、ナマエ様…」
私の頭にのっている手を剥がして、握手する形に。うん。満足。
ノボリさんこんな大人の人なのに、手を繋ぐだけで慌てている。きっと、バトルサブウェイの人とかはこんなノボリさんを見たことないと思う。そう思ったら、ちょっと嬉しい。
初めて感じる感情。ノボリさんとお付き合いを始めたら、知らなかった感情をたくさん教えてもらえている。
そう思ったら、さらに嬉しくなって。片手を繋いでいる手に重ねた。ノボリさんの手を、私の手が挟んでいる状態になる。
「…へへ。ノボリさん。ありがとうございます」
「…ナマエ、様…」
特別な人なのだな。そう実感。
…でも、ちょっと思考が落ち着いて、客観的に今の状態を見てみると…恥ずかしい、な。
「ちょっと、照れますね。すみません。…そういえば、お茶お出ししてなかったですね。今日はウバでよろしいですか」
そう言いつつ手を離して立ち上がろうとすると、ぎゅ、と握られて離せない。また座る。ノボリさんを見やると、真面目な顔。どうしたのかな。
「ナマエ様、私もっと貴女様のことを存じ上げたい、そう思います。私のことを知って頂きたい、とも。なので、今度私のマンションに招かせてください。もてなしますよ」
あ、ノボリさんの住んでいるところ知りたい。どんな所かな。シックにまとまっていそう。
楽しみ。
「はい。ぜひ伺いたいです」
そう言えば、優しく笑ってくれた。つられて私も笑ってしまう。
むず痒い気がするけど、嬉しい。
今日はいつも以上においしいお茶を入れよう。
「ノボリさん、お茶入れてきますね」
「お願い致します」
離れた手。
なくなっていく温もりが、とても惜しいと感じた。
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