生に抱擁を、死にくちづけを - asteroid | ナノ

01



「ハルベラ、ハルベラ〜」
 平穏を絵の具にして一面すべて塗り上げたような青空が広がっている。
 そんな天上から届くやわらかい日差しをそよ風がすくい上げて、私たちの心とからだに覆いかぶせてくれた。鳥たちの唄う声に混じって、後ろの方から母が私を呼んでいる。ずっと抱きとめていたいような心地よさに包まれながら、私は軽やかに振り向いて返事をした。
「はあい!」
 取り込んだ洗濯物を抱えて、母の元へと歩いていく。真っ白い清潔なシーツからやさしい匂いがふわりと鼻を掠めて、思わずふっと顔が綻んだ。
 なんでもない昼下がり――けれども言い知れない幸福に満ちている、いつもの日常。



 数々の半島が連なる、世界の西側。その中でもより西方に位置するのが、静海沿岸地方に属するガーター半島である。かつて聖王が四魔貴族・フォルネウス討伐の折に、術士ヴァッサールに作らせたという伝説を持つ海上要塞・バンガードが存在することで有名だ。また海路網発祥の地でもあり、半島を縦断するように連なっているデマンダ山脈の中央東側に位置する街・ウィルミントンでは、大商家フルブライト家が大規模な商会を運営しているなど、商業が盛んな地方でもある。……と、父と母から昔教えてもらった。
 そんなウィルミントンの反対側――デマンダ山脈西側上部の麓にあるのが、私が生まれ育ったこの村だ。
 人口は非常に少なく、20人にも満たない。その上半数以上が50歳以上のお年寄りで、若年層は片手で数えられるほどしかおらず、年々過疎化が進んでいる。面積だって広くない、本当にこぢんまりとした小さな村。
 でも、それでも私は、この村が世界で一番好き。

 ウォラスさんのところから小麦もらってきて。
 そう母からお使いを頼まれて、空のバスケットを揺らしながら村の道を歩いていく。風が辺りを駆け抜けるたび、サアサアと草たちの踊る音が響く。そんな中で砂利をザクザク踏みしめていると、私も彼らの戯れに参加しているような気がした。
 ウォラスおじさんの家まではまだ長い。しばらく付き合ってあげようかしら、なんてちょっぴり上機嫌で歩き続けていると、やがて広い畑が見えてきた。ここは確か、アーデンさん家のニンジン畑だ。まだ土だけが広がっている畑だが、その中で畑仕事に勤しむ人影がある。眺めながらその脇を通ると、その人影――オリヴィアおばさんがこちらに気付いて顔を上げた。
「ああ、ハルベラちゃん。お使い?」
 そう言ってオリヴィアおばさんはくしゃりと目を細めて笑った。彼女は顔を合わせると、いつも笑顔で出迎えてくれるのだ。それだけで心が元気になって、こちらも笑顔になれる。人の笑顔が、周りを巻き込む力を持った華やかな魔法だと教えてくれたのは、他でもないオリヴィアおばさんだった。
「ウォラスおじさんのとこだよ」
 それだけ言うと、彼女は合点いったように頷き、また笑顔で送ってくれた。ああ、やっぱりオリヴィアおばさんは私の憧れだ。
 憧れの象徴と手を振って別れ、さらに歩き続けると、今度は一軒家の前に差し掛かる。その軒先にある花壇に水やりをしている人影があった。腰を曲げ、如雨露を器用に使っている老婦人だ。
 老婦人――エンマおばあさんはすぐこちらに気付いて、ハルベラちゃん、と声をかけてくれる。
「まあ、どこか用かい?」
「ウォラスおじさんのとこ!」
 バスケットをとんとんと指さしながらそう答えると、彼女もああ、とすぐに理解してくれた。
「小麦ねえ、うちもこないだもらったよ。お花くらいしかあげられないのにいっぱいもらっちゃってねえ」
 エンマおばあさんは、とにかく花が好きな人だ。広い花壇には多種多様な花々が植えられているし、育った花を花束にして人に送ったりもする。彼女の花壇は村の人々の癒やしになっていて、私も散歩がてらに家の前を通って花壇を眺めるのが好きだった。
「お花は癒やしになるんだもの。全然関係ないよ」
「んふふ、ハルベラちゃんはいつも嬉しいこと言ってくれるんだから」
 また育ったら花束にするわね、と嬉しそうに言うエンマおばあさんの笑顔につられて、楽しみにしてるわ、と私も笑って返す。本当に、花みたいにかわいい人だ。

 そんな調子で、ウォラスおじさんの家に着くまで、色んな人に会った。快活に笑いかけてくれる人、頭をとんとん撫でてくれる人、収穫帰りで作物を分けてくれた人――誰かに出会うたび心がほろっとほどけて、あるべきところに落ち着いたような、そんな感覚になる。
 自然に笑顔がこぼれ、気分が浮かれて、でもそれでいいんだと思わせてくれるのがこの村なんだと、改めて実感した。

 うん――私はやっぱり、この村が世界で一番大好き。





-------------------
5/4 差し替え




prev / next
[ back to top ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -