※死ネタです。

(この恋は終わらない)

 見ていられない。
 だけど目を離すのはもっと駄目な気がして、見ているしかなかった。でも俺にはそれ以上の事がしてやれなくて。もどかしくなりながら傷付いたなまえの横顔を見つめていた。



「ねえ仁王君、これ調理実習で作ったの。良かったら食べて」
「おー。美味そうじゃの」
「次はいつ休み?この前みたいに遊びに行こうよ」
「休みになったらまた連絡するぜよ」

 昼休みになると必ず教室に入ってくる女子達はお目当ての仁王の席を囲むように集まった。まあよく毎度飽きずに来るなあなんてガムを膨らませて眺め、視界に映った隣の席のなまえを見た。
 なまえは1年生の頃からずっと同じクラスで、何度もある席替えでなんでか常に近くに居たから自然と話す回数も増えてどっちかって言うと仲がいい方だと思う。そんな関係だったからか、なまえの異変に俺はすぐ気付いた。だって俺の近くに仁王が来ると髪を整え出したり、机の上を綺麗にしたり。あまりにあからさま過ぎるもんだから、お前仁王が好きなの?と聞けば、仁王君には言わないでってタコみたいに顔を真っ赤にして言うもんだから俺可笑しくて笑っちまった。詳しく聞き出すとまだ話した事すら数えるほどだって聞いて、俺と仁王が一緒の時にちょくちょくなまえに話しかける様にしてやったら、知らぬ間に俺抜きで急展開に物事が進んでて二人が付き合い始めたっていうのを柳__本当こいつの情報収集能力怖すぎ__から聞いた。いやいやいや、言えよって話だろぃ?メアド交換だって促してやったし俺がキューピットみてえなもんじゃん。部室で仁王に文句言おうと思って話しかけたら、こっ恥ずかしくての。なんて珍しく照れながら言うもんだから、言おうと思ってた文句がスッカーンと綺麗さっぱり消えてしまった。まあ、幸せそうなら何よりだしなって、二人を応援しようと思ってた。
 だからこんな状況が見過ごせなかった。なまえは仁王を見つめてた。不安そうなのが見て取れて、なんか俺まで胸が痛んだ。なまえは仁王と付き合ってからずっとこんな調子だ。元々なまえは目立ったりするのが好きじゃないし、誰にでもハキハキ喋るタイプじゃない。仁王と付き合ってる事を知ってるのは本人達となまえの仲の良い友達と俺と柳だけのほんの僅かな人数だけだし、本人も公にするのは望んで無い。女同士の特に恋愛絡みのいざこざはマジ怖いし俺もそうした方がいいとは思っていた。けど、恋人が異性と仲良さそうにしてるのを目の当たりにして何も言えずにいるのは相当キツいと思う。

「なあ、仁王」

 掃除が終わって部室へ向かう途中、俺が首を突っ込む様な事じゃないとは思ったけど、やっぱりなまえのあの時の顔を思い出すと胸が苦しくて、言わなくちゃいけない気がした。いつもなら特に会話もせず歩いているのに俺が珍しく話しかけたから、仁王はスマホから視線を逸らして俺を見た。

「なんじゃ」
「俺が言うのも変な話だけど。あんまり女子と話過ぎるのやめといた方がいいと思うぜ」

 余計なお世話じゃ。なんて怒られるかと思ったけど、仁王は目をぱちくりさせて何も言わず俺を見た。もちろんそんな沈黙に俺が耐えられるはずなくて、すぐに口を開いた。

「な、なんだよ」
「いやあ、まさか丸井からそんな事言われるとは思わんかった」
「俺だって言いたくねえよ?言いたくねえけど」
「なまえが俺を見てる時の顔、可愛いじゃろ」
「・・・は?」

 仁王の言ってる事が理解できない。可愛いって。あんな苦しそうな寂しそうな顔してんのに。苛立っている俺の態度を見抜いた仁王は、そう怒りなさんな。とけらけら笑って肩を竦めた。

「俺が女と話してる時のなまえの顔、可愛くての」
「は?んだよそれ。お前なまえの事嫌いな訳?」
「違う違う、逆じゃ。嫉妬して苦しそうにしてる顔を見れるのが嬉しいんだ。俺の事が好きな証拠じゃろ」
「・・・んーっ俺には全然分かんねえ。お前思考歪み過ぎだろぃ」
「まあ気を付けるぜよ」

 悪びれずけろりと言ってのけた仁王はイヤホンを取り出して耳に差し込み、もうこの話はしたくないと拒絶したので、そこで会話は途切れてしまった。けど好きとか嬉しいとか、そういう風に考えてはいるんだなって安心した。メール、電話はもちろん、部活終わりたまに一緒に帰ったりもしてるみたいだし、まあ赤也とか柳生にちょこちょこ悪戯したりする、そういう仁王にとっての一種の愛情表現なのかもしれないと考えるようにした。

 それから仁王の周りの環境が変わったかというと、そんな事は一切無かった。変わらず女子は昼休みになると仁王を取り囲んでいるし、仁王も嫌がる素振りすらせず対応している。その度になまえは仁王とその周りの女子を切ない顔で見つめて、時間が過ぎるのを待っていた。俺は仁王にイライラしてた。だって普通なまえに、自分の彼女にこんな顔させないだろぃ。けど同じクラスだし、部活の仲間だし、気まずくなるのが嫌でこの前以来、あの話は避けてしまっていた。その代わりなるべく明るい話題を、昨日のテレビの話とか真田に怒られた赤也の話とかしてなまえの気が少しでも紛れる様にしたかった。赤也の話が特にツボに入ったらしいなまえはぎこちなくだけど笑顔を見せてくれた。なまえの笑顔が見れた事がなんだかすごく嬉しくて、ぼんやりと俺なまえが好きなんだなって気付いた。別に上手く行けば付き合えるかも、とかそういう下心があった訳じゃない。いや、そうなったら嬉しいけど、今こいつは仁王と付き合ってる訳で、俺はただなまえを支えてやんなきゃって、そう思った。けど、俺の努力は無駄で、なまえは日に日に元気が無くなっていった。


 もう昼休みが終わるという時間になまえは足早に教室から出て行ってしまった。隣の席だから俺には見えてしまった。俯いてはいたけど、なまえの目には確かに涙が溜まってた。なまえが泣いたのを見た事がなかったから驚いた。仁王も異変に気付いたみたいで後を追う様に教室を出てて、俺も急いで立ち上がった。廊下の人だかりを掻き分ける様に仁王が早足で進んでるのが見えて、置いて行かれまいとその背中を追いかけた。

「なまえ!!なまえ、待ちんしゃい」

 仁王のこんなに取りみだした声、初めて聞いたかもしれない。けどなまえは仁王の声に反応せず階段を登った。後を追いかけ屋上の重いドアを開けると、息を押し殺すような強い風に全身を包み込まれ、目の前には鉛色の空が広がっていた。そこにぽつんと一人でいたなまえは柵に手を掛け景色を眺めている。

「なまえ、風強いし中に入ろうぜ」

 俺のバカみたいに明るい声が風に飛ばされて消えていく。なまえはゆっくりと振り返って俺達を見た。まだ目には涙が溢れていて、ドキリと俺の胸が動いた。

「雅治君、覚えてる?此処で好きだって言ってくれたの」
「嗚呼、忘れる訳ないじゃろ」
「すごく嬉しかったよ。本当に。私、とっても幸せだった」
 
 ゆっくり、ぽつりぽつり囁くなまえの声に俺は全神経を集中させていた。なまえの言葉を、気持ちを受け止めたくて必死だった。

「けど、結局私は仁王君の一番になれそうにないよ」

 感情によって僅かに震えるその声は、切なくて儚くて。今にも消えてしまいそうで。

「何言っとるんじゃなまえ・・・」
「それでも私は雅治君が好きだから。大好きな人とずっと一緒に居たい」
「なまえ、落ち着きんしゃい」
「おい、なまえ?」
「こうしたら、いつまでも雅治君の記憶の中に居られるよね」

 なまえのちゃんとした笑顔を見たのは久しぶりだった。前はすごく優しく笑う奴だったんだ。柔らかくて微笑まれると心がふわっと暖かくなるような気がして。けど、あんな笑顔を見たのは初めてだった。今にも狂いだしてしまいそうななまえの笑顔に俺は恐怖を感じた。すーっと舐める様に背筋に嫌な汗が伝う。怖かった。身体が動かなかった。だから彼女が視界から消えていくのをただただ見ている事しか出来なかった。
 落ちていくなまえの顔が俺の脳裏にこびり付いている。

(20160224)

この恋は終わらない

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