ゆるい性描写有



 不二君は綺麗な人だ。栗色の髪はいつもさらさらで、長くて細い指はゴツゴツしない程度に骨張っていて、他の男の子達と違って綺麗な人だなって思っていた。取っ組み合いの喧嘩をしたり突然大声を出して笑ったりなんて勿論しない。笑い方だって何処か品があるし、例えノートを扱う時だって乱暴な素振りは見た事無かった。それは付きあってからも変わらずで、私はいつもその綺麗さにうっとりとしてしまう。

 夏休み中部活ばかりの不二君と久々に会えた夕方。日中より大分気温は下がったけどまだ蒸し暑く、熱を含むアスファルトが足元を鈍く暖めていた。待ち合わせの公園でブランコに乗りながら他愛もない話しをした。その間私達はこの暑苦しい中で手を合わせていた。橙色の空は紺色と混ざり、うっすらと滲みだして一粒の光が灯り始めると不二君は立ち上がり、帰ろうか。と声を掛けてきた。まだ帰りたくない、なんて無謀な願いは胸に秘めて私は差し出された手を掴んだ。

「なまえ、花火大会行こうか」

 近所の商店街に飾ってあった花火大会の日程を知らせるポスターは、毎年見ているせいかちっとも華々しさなんてなかったのに、それが一転、きらきらして見えるようになったのは不二君のおかげだ。こくこくと首を縦に振ると不二君は優しく微笑んで帰路へと足を進めた。私は緩む顔を隠しもせず、お母さんに浴衣を出して貰わなきゃ、と帰ってからの段取りに思考を張り巡らせた。


 従姉のあゆみちゃんに貰った朝顔柄の浴衣は、ちょっと私を大人にしてくれた。髪をアップにしてもらって全身鏡の前に立つと、自分の変化に嬉しさと恥ずかしさを覚えた。ああ、不二君に会ったら褒めてもらえるかな。可愛いって言ってくれるかな。彼がそう言ってくれる所を想像するだけで心がドキドキして仕方なかった。穿き慣れない下駄に足を突っ込み玄関を開けると、もわりとした生温かい空気が私を包み込んだ。風だけは少し冷たくて、吹くたびに額の汗がすーっと引いていった。待ち合わせ場所にはすでに不二君が居て、慌てて駆け寄ると私に気付いて手を上げてくれた。

「お待たせ」
「ううん。丁度来た所だよ。・・・・なまえ、すごく可愛いね」
「あ、ありがとう」

 今私の顔は真っ赤になっているに違いなかった。顔だけがまるで焼かれているみたいに熱くて、じわじわと頬が熱を帯びているのが分かった。そんな私を不二君はじっと見つめてくるものだから、恥ずかしくて意味も無い咳払いをした。

「なまえ、まだ時間あるよね?」 

 出店のクレープが食べたかったから少し早めに集合をしていた。私が答えると不二君は何も言わずに私の手を引いてさっきとは全然違う歩調で歩き始めた。何だか声をかける様な雰囲気でも無くて、私はただ黙って彼の後ろ姿を見ていた。暫くすると、歩くスピードが遅くなり、完全に上がりかけた息がほっ抜けた。
 歩いている道の先にあるのは人気の無い公衆トイレだった。そこは何を触るにしても顔を顰めたくなるような場所だった。花火の会場近くだと言うのに人が全然居ないのが何故だか分かった気がした。此処だったら、多少混雑しても会場内にある新設したばかりのトイレの方が何倍も良い。きっと他の人もそうなんだろうなって思った。白乳色の壁は雨垂れの跡に沿って黒ずみ、足元は得体の知れない水たまりが発生している。ただ視界を遮断するためだけに設けられた個室のドア。中を覗けば隅には蜘蛛がふてぶてしい程に巣を掛け、紙巻器は申し訳ない程度に幾分か残りがある膨らみだった。チカチカ不安定な蛍光灯の周りには無数の虫が居た。
 怖いもの見たさで観察を続けていた私は不二君の小さな笑い声で我に返った。照れて苦笑いを浮かべると不二君は手を私の髪に置いて、髪型が崩れないようにそぉっと撫でてくれた。何回か行ったり来たりを繰り返していた手はそっと線路を変え、私の頬に触れる。不二君の手はさらっとしていて、暑さでべたついている私の肌とは対照的だった。顔を上げる様優しく促され、すぐに唇同士が交わった。柔らかくて、気持ち良い。素直にそう思った。自然と距離が縮まって、せっけんみたいな清潔な良い香りがした。それが不二君の匂いだとすぐ分かった。啄ばむ様なキスが次第にその時間を伸ばし始めていた。私は降り注ぐそれをただ受け止め、途切れ途切れに漏れる息が耳の中で木霊してなんだか生々しくて、厭らしいとさえ感じる。不二君の唇が私の唇から離れ首筋へと移動すると、蒸し暑い浴衣の下でお腹の下辺りが言い様の無い疼きを起こしていた。

 別に何も知らない訳じゃない。保健の授業だって受けたし、洋画のベッドシーンを見た事もある。
 けど、違う。こんな世界が見たかったんじゃない。
 いつものさらさらで綺麗だった髪を乱して本能のまま腰を振る不二君の肩越しに見えた世界は、薄汚れて想像とはだいぶかけ離れていた。彼は私を抱きながら耳元で、可愛いね。好きだよ。と熱の篭った吐息に乗せて言葉を囁いていたけど、私はその世界を眺めながら遠くから聞こえる花火の音を追い求めていた。

fireworks

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