夕日が差し込む教室は、いつも目にしてるそれとは違った雰囲気で。きっと私はその雰囲気にのまれて、可笑しくなったんだと思う。
 
『好き』

 嗚呼、なんであの一言を言ってしまったんだろう。結果なんて分かってた、分かり切っていたはずなのに。
 後悔ばかりが押し寄せてきて、当たって砕けろなんてそんな清々しいものじゃなかった。

「なまえ」

 足音と一緒に声がした。次第に足音が近づいて来て、キュッと音を立てて止まる。私がいつまでも机に頬を寄せながら動こうとしないので、痺れを切らしたらしい彼は、はあ。と態と聞えよがしにため息を吐いた。二人しかいない教室では、椅子を動かす音でさえ五月蠅いと感じた。少し首を動かして顔を上げると、彼は椅子の背もたれに肘を付き、大股で椅子に座っていた。夕日を浴びて時たま輝く髪に無造作に手櫛を入れながら、じっと私を見ていた。目があった瞬間すぐに元の体勢に戻ると、おい。と低く唸る。

「なんだよ、言ってみろよ。このブン太様に」
「......」
「黙ってちゃ分かんねえだろぃ」
「.....仁王に、好きって言った」

 息を呑んだ彼は言葉を噛み殺して口を噤む。自分で口に出してみるとますます実感が襲ってきて、とんでもなく苦しい。

「分かってた。気付いてたの」

 だって、ずっと見てたんだもの。

「....うん」
「公にはしてなかったけど、嗚呼、付き合ってるんだろうなって」

 いつもと変わらない景色だったはずなのにいつの間にか違っていた。あれって思った時には、胸が少しざわついた時には、もう、あの子と話してる時の仁王の顔が、雰囲気が、違ってた。

「だから言わずに居るつもりだったの。だったのに」
「......」
「何でだろう」

 片思いってすごく胸が苦しくて張り裂けそうになるけど、目があったとか、隣に座ったとか、たったそれだけ、ほんのわずかなちょっとした事で辛い事全部消え去るほど嬉しかったり、自惚れたりして。片思いのままでいたら.....

「こんなに傷付かなかったよね、きっと」

 片思いで留まっていたら、思いを伝えなかったら、きっとこんなに辛い思いしなかった。

「でもさ、それ言わなかったら後悔してたかもしれねえだろぃ」
「......絶対無い。絶対してない。だって、だって.....」

 ただ、窓際の彼を授業中とか休み時間に見るだけで良かったの。それだけで良かったのに。それだけで幸せだったのに。

「なんで現状で満足してなかったんだろう」
「満足できない程好きだったって事だろぃ」
「そうなのかな.....」
「んだよ。ちげえの?」

 果たしてそうなんだろうか。
 好きに違いはないけど、きっと好きだけじゃなかった。
 あの子に嫉妬してた。他でも無い、あの子にだけ向けられる眼差し、言葉、表情全てに執着してた。底深くて醜い欲がぐるぐると渦巻いてた。
 夕日が顔を照らす仁王は、輝いててすごく綺麗で神秘的で、私のこの底深い欲を取り払ってくれるような気がした。

「なあ、なまえ」
「......ん?」
「....いいや。何でも無い」
「何よそれ」
「また今度で良いや」

 そう言って変にそわそわする丸井が、なんだか告白する前の自分と重なって見えて変な感じだった。きっとそれも夕焼けの影響に違いなかった。

 全部全部、あいつが悪いんだ。

(2015.06.30)

サンセットゾーン

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