06


 翌日。ニビジムの開場を待って、シルバーが挑戦に行った。ヒビキもシルバーのジム戦を見たいと言ったけど、シルバーが「来るな」と切り捨ててしまったから、ニビで有名なニビ化学博物館へ見学に来た。
 受付嬢曰く、今は大きな標本を他の博物館へ貸し出しているそうで、特別に入場無料だと言う。残念だったね、とヒビキはちょっぴり笑った。

「ニビの近くに隕石が落ちたんだって。不思議な力かぁ……月の石みたいに、ポケモンの力になるものなのかな」

 絶滅したポケモンの化石や琥珀、珍しい岩石、探索機の模型。展示品の月の石を眺めながら、ヒビキが少し首を傾けた。
 進化の石の安全性が確かになるにつれ、石の存在を知る人は増えたという。今日ではトレーナースクールの初めで教わる道具の一つにまで普及した。自然から生み出されるそれらは、一度使用すればただの石になってしまう。その為に数こそ少ないが、市場では高額で取引されるし、昨今はポケモン医療の分野でも注目されているそうだ。

 ただ、強すぎる力は悪影響にもなりえる。不思議な力のせいで、落下地点から運び出せられないというのは、あまり穏やかな話じゃない。
 数ヶ月前だったろうか。いかりの湖で、謎の怪奇音によるコイキングの大量進化が発生する事件が起きた。その首謀者は、三年前にもカントーで騒ぎを起こしたロケット団。

 その事件にヒビキも巻き込まれていたと。一緒に事件を解決した人がいたと。まるで昨晩の食事を語るように、のんびりと打ち明けられて、真夜中に目を丸くしたのは記憶に新しい。
 ロケット団。思わぬ人から思わぬ名前を聞いた。忘れようもない、あの団服の、あの。

「でもあの人、僕の事は報告しなかったんだ。繰り返さないようにって言ってたけど、あれってどういう――……あ、」
『ヒビキ?』

 ヒビキは「そうだ、」はっと博物館の外に出て、ポケギアからどこかに電話を掛けはじめた。けれど相手が多忙なのか、二回目のコールにも留守番応答が虚しく響く。
 ヒビキは肩透かしを食らったように息をつき、近場のベンチにどかりと腰を下ろした。しばらくいじくっていたポケギアをかばんに押し込み、抱き上げたぼくを膝に乗せ、ぼんやりと人の流れを見送る。
 ぼくはヒビキの行動が何だかよくわからないまま、まあいっかと目をつむり、ヒビキの膝で丸まって眠った。




 ×



「ごめ、ん」

 ぼんやりと口を開き、ときどきひくりと喉が引き攣っていた。音が震えていて、今にも消えてしまいそうで、泣いているのかとびっくりしてしまう。それでも彼の目はぱちりと開いてて、特別濡れた様子はない。
 渇いた地面に膝をつき、彼はただ一点を見つめていた。
 どうしたんだろう、苦しいのだろうか。どこか痛いのだろうか。ならば、こんなに寂しい所にいては、もっとこころが凍えてしまう。石と草むらしかない場所から離れて、また賑やかな町へ行こう。どこか痛むなら病院に行こう。ただただ彼につらそうな顔をさせたくなくて、ぐいと彼の手を引っ張ったとき、いよいよその瞳から雫がこぼれた。


「ごめん、」

 ぼた、ぼた。彼の目元から、水の塊が溢れてはぼくに落ちてくる。彼はぼくを見ていないのに。いくら押し固めようとしても、ぬかるんだ地面に沈んでしまう。それから彼はほとんど笑わなくなった。バトルに負けて悔し泣きをしていた彼が泣かなくなった。ぼくにはそれをどうにもできないことが悲しかった。それでも擦り寄ったぼくを抱きしめる腕の温かさは、ずっとずっと変わらなかった。



 ×



 ヒビキに揺り起こされると、またポケモンセンターに戻っていた。シルバーもジム戦を終え、ジョーイさんに預けたポケモンの回復を待っているらしい。
 黙って食事を勧めるシルバーを見つめていると、ぼくの前に固形フーズとスープが置かれた。かすかな調味料の匂いに鼻がむずむずした。

「ちょっと早いけど、昼ご飯にしようか。シルバーと、昼からトキワの森に入ろうかって話したんだ」

 まだ昼前の早い時間だし、シルバーが道を知ってるらしいから、きっと日が暮れる前には抜けられるよ。そう笑うヒビキにしっぽを振って、スープにアレンジされたポケモンフーズに口をつける。最近よく食べている、オボンの実の滋養成分が多く入った物だ。直接は言われてないけど、博士やジョーイさんに食事制限をされているのは、何となく知っていた。

 トキワの森は高低差が大きく、道も迂回を繰り返すから、迷う初心者トレーナーも多い。ぼくの生まれ故郷であり、トキワシティとニビシティを繋ぐ森。そして、ぼくがあの子と出会い、別れた場所でもある。
 森に戻れば、何かわかるだろうか。偶然あの子に会わないだろうか。あの別れの日に戻って、ぼくの名前を呼んでいたあの子を安心させたい。そんな妄想を何度繰り返しただろう。

「……もう食べないのか?」

 考え事の傍ら食べ進めていたつもりが、いつの間にか手を止め、その場にぺたんと丸まっていた。顔を上げると眉を寄せたシルバーがこちらを見ていて、ヒビキも困ったようにぼくの背を撫でる。あたたかい。

「この子、もともと体が弱いみたいなんだよ。……でも最近、特に食欲落ちてるなあ。睡眠時間も伸びるままだし……。森じゃポケギア繋がらないかもしれないから、後で博士に連絡しとこうか」
「…………」

 そういうと、ヒビキは少し急いで食べはじめた。ちゃんと噛まないと喉につまっちゃうよ、ぼくは気にせずゆっくり食べなよ。けれどポケモンであるぼくはそう伝えることも叶わず、

「落ち着いて食え」
「ぴちゃあ」

 めんどくさそうなシルバーの言葉に、小さく同意しただけだった。
 どこからか注がれる悪意の眼差しにも、気付かないまま。




'120220

 

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