03
――レッド。それがトレーナーの名前だぜ。三年前、歴代最年少でリーグチャンピオンになったうちの一人だ。
「レッド、……レッドさん、か。すごい人だったんだなぁ」
マチスに勝ち、コトネと別れ、ヒビキはディグダの穴に潜りながら呟いた。誰かがその名前を口にする度、ぼくは少しうなだれる。胸がぽかぽかするような、または激流に呑まれるような、複雑な思いが巡る。
名前の通り、ディグダやダグドリオが最も棲息している地下の道。彼らは穴を掘って移動するから、すぐに足場が陥没する。ところに橋があるけど、あまり利用したくはない。ぼくも磁場で感覚が歪むから、あまり好きなところじゃない。
わざわざそんな悪条件の道を選んだのは、まだカントーを踏破していないヒビキがニビシティに至る唯一の道だからだ。新天地で、着実に前進している証でもある。
「もっと知りたければグリーンって人に会えって言われたけど、どんな人だろう」
『今はどうか知らないけれど、面白い子だよ、グリーンは』
「ピカチュウ? ……そっか、ピカチュウは会ったことがあるんだね」
グリーンはレッドの幼なじみで、自分をオレ様って言って、ちょっと傲慢知己だったけど、旅先で会う度にポケモン思いのいいトレーナーへと成長していた。
今はただ、彼らの夢を見届けられなかったのが残念で仕方がない。二人は今頃どうしているんだろう。あの組織はレッドが壊滅に追い込んだという話だし、危険な目にあってなければいいのだけれど……。
そっか。あの子、チャンピオンになったんだ。
「大丈夫だよ、ピカチュウ。絶対レッドさんに会おうな」
遠くに出口が見えてきた。ほら、もうすぐ出られるよ。ヒビキがぼくの頭を撫でてくれる。とても温かい、ぼくの好きな手。ぼくはその温もりに擦り寄った。なんとかして、キミに思いが伝わるように。
ぼくのことはいいんだよ、キミの目的であるのもいいけど、キミは自分で目標を見つけられる。それに向かって歩いてほしい……なんて、ぼくは、言えないんだ。
今すぐにでもレッドに会いたい。ぼくはレッドに会わなきゃならない。あの子の傍にいなきゃいけない。ヒビキがレッドを捜すと言ったとき、ぼくがどんなに嬉しかったことか。
ディグダの穴を抜けて、少し北に向かえばニビシティに着いた。ヒビキの腕から下りて、頼りない記憶を元に彼をポケモンセンターに誘導する。町なみは変わらない。変わったのはぼくのほうだ。
曲がり角に差し掛かったとき、不意にヒビキ、と声をかけられた。振り返ると、ヒビキと同じくらいの少年がいる。目つきが鋭くて、たくましいオーダイルを連れている。
「シルバー!」
「お前もカントーに来たのか……」
その赤い髪を、ぼくはいつか見た気がした。
'100701
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