02
ふわふわ、揺らぐ。……揺らぐ。
黒と白が絡みあい、ぐるりぐるりと目まぐるしく。
ああきっと、ぼくは夢を見たんだ。
……すごく、優しい夢を。
「――ぼくの名前、……ぼくの名前」
「おはよう、ピカチュウ。もうお昼だぞー」
視界が掠れている。寝惚け眼を擦ると、擦っちゃダメって、たしなめられた。
博士に睡眠時間の指摘を受けてから、ヒビキとコトネはぼくを気遣うようになった。
確かに昔と比べて起きていられない。人と寿命に差があるとはいえ、老化現象にはまだ早い。体調には気を付けるように言われて、頷いたのは記憶に新しい。
そしてヒビキは、ぼくをボールに入れなかった。ヒビキもコトネも手持ちはいっぱいいっぱいだったし、何よりぼくが嫌がるから。
アサギシティから船に乗り、午後にはクチバシティに到着した。外国にも通じる玄関口は確かに賑わっていて、流石の二人も新たな土地に高揚を隠さない。この町にもポケモンジムがあると聞いて、ヒビキはバクフーンの背を撫でた。
『ボクはバトル苦手だなぁ。コトネと楽しく旅をしているのが一等いいよ。ぼくの名前は?』
『嫌いじゃない、かな。うん。バトルは好きだよ。……同意の下なら』
最後が聞こえなかったのか、ちょっと意外だなぁ、そうマリルは首を傾ける。ぼくは小さく笑った。
ヒビキはカントージム制覇、コトネは地方巡りを目的にしている。お互いの成長や見聞を広める――つまり、会ったときのお楽しみを膨らせるべく、二人は別々にカントーを闊歩することにしたらしい。
ポケギアの利便性があるとはいえ、クチバで別れればしばらく会えない。せっかくだからと入ったレストランでパフェをつつきながら、そういえば、とコトネが切り出した。
「ピカチュウは、主にカントー地方に生息するポケモンなんだよ。トキワの森っていったかな」
「じゃあ、このこの故郷も近いのかもね」
『そうなの?』
『まあね。……でも、あまり実感はないかな』
『なんで?』
『生まれてすぐに森を出たんだって』
『なんだか人事みたいに言うなあ』
それから――そう、いろんなことがあって。 今のヒビキは、あの子によく似ている。あの子は静かに闘志を燃やし、同じようにあの建物に、
「――hey,boy」
「え?」
「ヒビキくん、」
そっち、コトネが目で示した先には、明らかに異国の容姿をした男が立っていた。
軍隊を想起させる迷彩服を着こんで、ゴーグルだかサングラスだかが目元を覆い隠して――そしてぼくは、ずっと前にこの人とバトルをした。
『あ……』
「ずいぶんとレアな相棒を連れてるな。こいつをどうした?」
「どうしたって……」
ふと、ぼくからあの人が見えなくなる。ヒビキがぼくを隠すように身をかがめて。男はその動きを見、くっと口の端を吊りあげた。ぼくはその人を見上げ、どうしたものか一瞬考えた末に、とりあえず頬についていたクリームを舐めた。
……ああ、うん。甘くておいしい。
ワカバを出てからずっと、ぼくは危惧していた。ぼくのせいでヒビキ達が危険な目に遭わないか。
過敏だなんてとんでもない、最たる例は過去にある。忘れもしない。あの子はぼくのせいで危険に晒されたんだから。それだけ色違いは珍しく、目に余る。
「驚かせて悪いな。懐かしい顔を見ちまったから、ついな」
「もしかして、このこを知ってるんですか?」
「色違いなんてそう見かけねえ。ただ俺がバトルしたときは、別のトレーナーがついてたもんだがな」
「トレーナー……?」
なあ、と同意を求められる。相変わらずのサングラスに、ぼくは一つ頷いた。本当は元々――彼の手持ちですらないけれども。
「その人の名前、わかりませんか? 特徴とか」
「知ってどうすんだ? 奴も一トレーナーだ」
「探します。その人がこのこのトレーナーなら、会わせてあげたい」
思わずヒビキを仰ぎみて、――ずし、と。肩が重たくなる。赤い背中。まっすぐの目。前を見据えて、歯を噛みしめて。
彼と重なる少年に、ぼくはときどき怖くなる。
「……OK、教えてやるよ。
ただし、この俺に勝ったらな」
――いくつの背中を見ただろう。いくつの顔を見れただろう。いくつもの出会いを果たそうが、決まって空に描くのは、後にも先にもきっと一人だ。
'100607
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