04
私達を運んできたエレベーターの扉が開く。
正面に広がる景色。ここは会社のどこなんだろう、いまいち用途が分からない場所。
だがそれよりも先に、私たちの目に飛び込んできたもの。オレンジのバンダナに、緑のサスペンサー。

「あ……!」
「じーちゃん!!」

数m先に、遊戯くんのお爺さんが倒れ伏していた。それを確認するや否や、遊戯くんが誰よりも先にお爺さんの傍へ駆け寄る。短くエコーがかかったように声が空間に響いている。
そのままエレベーターの中にいるわけにも行かないので、私たちはとりあえずその外へ避難。

「じーちゃん、しっかりして!」
「ゆ、遊戯……ごめんよ」

そう言って、お爺さんは苦しげに遊戯くんを見上げる。よかった、意識はあるみたい。ホっと胸を撫で下ろした。

「あの少年に、カードの心を教えようと戦ったのじゃが――」 そこまで言って、再びがくりと頭が下がる。
「じーちゃん!」
「フフ!遅かったじゃないか!」

嘲笑を含んだ声が、上方から投げつけられる。その人はあの時と同じように、逆光を浴びて立っていた。
童実野高校の男子用ブレザー、すらりと伸びる長い足。海の底のように青い瞳。深海の恐怖。
この建物の支配者。

「海馬瀬人……」

普段より低い声で、私はそう呟いた。

「てめぇ!じーさんに何しやがった!!」
「決闘をしただけさ。お互い一番大切なカードを賭けてね。
 ただ、ボクの開発したバーチャル・シュミレーターの刺激がちょっと強すぎたかもな!」

敵意をむき出しにして怒鳴る城之内くんに、得意げに肩を揺らして答える海馬くん。
一番大切なカード……どう考えても、お爺さんが賭けた、いや、賭けさせられたのは『青眼の白龍』だろう。正当なようで姑息。
そして、バーチャル・シュミレーター……?なんだろ、聞いたこともないものだ。開発したってことは、海馬コーポレーションの新製品だろうか。まさかこんな私怨の為だけに作ったなんてことはない……いや、有り得そうだなあ。
何にしても、全部海馬くんが仕出かしたという事実だけは分かる。

「卑怯な手を使ったんじゃないの!?」 ビシッ!と人指し指を海馬くんに向けて突き出す杏子。彼女は本当に、女の子と思えないほど勇敢な時がある。本当に尊敬する。
「まさか!」 それに対して、海馬くんは笑いながらそう返した。
「その証拠に手に入れた、このカード……」

そう言って、海馬くんがポケットから取り出した1枚のカード。それはやっぱりと言うべきか、お爺さんの『青眼の白龍』だった。
と、何を思ったかくるりとカードを横にする海馬くん。そして次の瞬間、

ビリッ!

とカードを見事に真っ二つに破っ……破ったあああああ!?

「ああっ!!」
「ちょっ……!」
「じーちゃんの大事なカードを……!!」

これには流石に本田くんも驚いたようで、私を含む全員の目が衝撃と驚きに見開かれる。まともに言葉も出ない。一番驚いていたのは遊戯くんで、元々大きな目を更に丸くしている。
世界に4枚しかない『青眼の白龍』。それがたった今、世界に3枚しかないカードへと変わってしまった。

「デッキに入れられるカードは、3枚。4枚目は敵になるかもしれないからな」

狂気に満ちたこの男によって。

「4枚目……?」
「わ、ワシの『青眼の白龍』が……!ああ……」「じーちゃん!しっかり!」

遊戯くんがお爺さんを支える。
つくづく思っていたけど、なんて男だ。全ての行動が常識を逸している。
杏子のようにハッキリと物を言うことは出来ないが、私は代わりにきつく海馬くんを睨みつけた。
ふと、偶然私の方に目を向けた海馬くんと目が合う。
言い表せないような、底知れない感情を秘めた、蒼。

「……っ」
「フン」

長く見ることが出来なかった。恐怖心から来る寒気が、大量の虫が這うように背中から伝わってくる。だめだ。なんで私は、こうも。
そう目を逸らすと、海馬くんはそれを鼻で笑った。

「なんてひどいことを!!」

悲しみと怒りを含んだ、遊戯くんの低くなった声が響く。
そんな遊戯くんに、お爺さんが動いた。

「ゆ、遊戯、これを……」 そう言って、お爺さんはポケットから自分のものと思わしきデッキを取り出した。
「え?じーちゃん!」
「これは彼との決闘で使ったカードデッキじゃ……負けはしたが、魂のカードじゃ……!お前なら、あの少年に勝てる……!
 本当のカードの心を、教えられる!」
「で、でも!じーちゃんをこのままにはしておけないよ!」

遊戯くんの言う通り、お爺さんをこのままにしておくのはマズイ。医者か病院に連れて行く必要があるだろう。
だがそれを議論する前に、

「面白い!」

いつの間に移動したのか、近くまで近寄ってきていた海馬くんによって遮られた。

「じいさんの仇討ちってワケか……受けて立ってやってもいいぞ」
「くっ……!」

虚ろな目で私たちを見つめる海馬くん。憎らしそうに、遊戯くんが声を漏らす。その声は、少しだけ震えていた。
彼も恐れているだろうか。こんな非人道的な人間でも、デュエルモンスターズでは日本チャンピオン。かなり手強い相手であることは事実。
遊戯くんももちろん強いが、それでもかなりの圧力があるのだろう。

「遊戯、戦え!!」

そんな、何かを躊躇っている遊戯くんの背中を押したのは、城之内くんだった。

「えっ?」
「じーさんの事は俺達に任せろ。お前はじーさんの言う通り、本当の決闘をあいつに教えてやれ!」
「戦って、遊戯!」
「皆……」
「ケンカばっかやってたオレを変えてくれたのも、遊戯、お前だ。お前なら出来るって!」

城之内くんだけじゃない。杏子も、何も言わないけど本田くんも、そして私も。皆、遊戯くんを信じている。
遊戯くんが気の強い人かと言われれば、答えはノーだ。私はまだ付き合いが浅いけど、いつも優しくて、怒ったりしているところは見たことがない。
でも勇気のある人ということは皆が知っている。だから、こうして見送ることができる。
そんな皆の言葉で、彼も決心がついたようだ。

「――うん!」

いつもの優しげな表情が、凛としたものに変わった。

「分かったよじーちゃん!」 お爺さんが差し出していたデッキをしっかりと受け取る遊戯くん。
「頼んだぞ、遊戯……!」

そのやり取りを見守っていると、杏子が唐突に太いマジックを取り出した。きゅぽん、と外れるキャップ。

「さあ皆、手を出して!」

え、手を出して?
そう疑問に思いながらも杏子に手の甲を差し出すと、きゅっきゅと言う音と共にマジックで何かが描かれていく。他の皆も同様に、何か描かれているようだ。
見ると曲線が大小2つ、歪みなく綺麗に描かれている。
不思議そうにそれを見つめていると手首を掴まれ、『ほら侑、こうして……』と言いながら、皆の手の甲と手の甲を繋ぎ合わせていく。
出来た一つの輪と、浮かび上がった一つの絵。

「あたし達の友情の印!」

ニッコリと笑っている……顔……?

「なんだぁ、これ?」 城之内くんと本田くんが、間の抜けた顔をしてそれを見つめる。
「マジックのインクなんてすぐ消えちゃうけど……あたし達の心の中で、この輪は決して消えたりしない!」
「うん!」

なるほど、そういう印なんだね。杏子らしいなあ、と心がほっこりする。
これで、遊戯くんも安心して戦えるはずだ。


あとは、遊戯くんを信じよう。










* * * *











あれから私たちは救急車を呼んで、お爺さんを病院へと運んだ。相当負担が大きかったようで、すぐに病室行きになった。
城之内くんは杏子に言われて遊戯くんの応援に行き、病院までは私を含める残った3人。
その後、侑も遊戯の応援に行ってあげて、と杏子に言われ、私は焦燥感を持ったまま海馬コーポレーションへと戻った。
エレベーターに乗り込み、先程まで居たあの場所を目指す。程なくしてエレベーターは目的の階で止まった。

「はあっ、つ、着い、た!」

1秒でも早く行きたくて全速力で走ってきたから、い、息が、切れる。でもそれより、遊戯くん達を探さないと。
辺りを見回すが、人っ子一人見当たらない。どうやらここではない別の所で決闘しているようだ。早く行かないと。
肩で息をしながら遊戯くん達を探していると、奥の方から明らかに異常な破壊音が聞こえてきた。音がする方に駆け寄る。

「……ンスターで、お前の守備モンスターを攻撃!!」

海馬くんの声が、そう遠くないところから聞こえる。
――もしかして、さっき海馬くんが立っていた先?
そう思い、先程海馬くんが立っていた場所へ近寄ると、奥の方にスタジアムのような空間が見えてきた。
入り口近くに見慣れた金髪頭。
間違いない、あそこだ。そのまま真っ直ぐ走り、城之内くんの元へ。

「城之内くん!」
「侑!お前、あっちに残ってたんじゃねえのか?」 びっくりした顔で私を見る城之内くん。
「杏子に応援に行けって言われ…………うえわっ!?な、なにあ、れ!」

思わず変な声が出てしまった。
城之内くんの問いに答えながら前に向き直ったら、馬鹿でかいモンスターがそこにいたんだから仕方がない。
いまいち状況が掴めないが、どうやらここで決闘をしていたようだ。
まず私に向かって左側に、あれは何なんだろう、クレーンのような機械に乗っている海馬くんが見える。右側には、遊戯くんが同じように立っていた。
天井からは、ニュースでよく見る株価が書かれている電光掲示板のようなものがぶら下げて設置してあり、KAIBA 1300,YUGI 0900とあるのが見える。決闘のライフポイントか。MAXは2000だから、今のところ海馬くんが優勢のようだ。
そしてフィールドの方には、

「ぶ、青眼の白龍が、2体……!?」

絢爛な白銀を纏う、美しき龍。世界に3枚しかない青眼の白龍が、なんと2体も場に出ていた。その下には海馬くんのジャッジ・マン、遊戯くん側には裏側守備表示のカードが出ている。
ど、どういうこと……!?お爺さんの青眼はさっき海馬くんが破ってしまったはず。そうでなくとも、2体も召喚するのは無理なはずじゃ。

「海馬のヤロー、残りの3枚も手に入れやがったみたいだぜ!」
「う、うそ……」

城之内くんの言葉に、私は唖然とした。
『4枚目は敵になるかもしれないからな』。あの言葉は、そういう意味だったんだ。自分が既に3枚持っているから。
大方、所有者を探しだして強奪まがいのことをしたんだろう。
……本当に、常人のやることじゃない。社長である時点で相当常人から外れているんだろうけど。

「ブラック・マジシャンで攻撃!黒・魔・導!!」

と、青眼2体に至極驚愕していた内に、戦況は少し変わっていたようだ。
遊戯くんが召喚したブラック・マジシャンが、海馬くんの場のジャッジ・マンを撃破。ジャッジ・マンが砕かれたガラス細工のように粉々に散ったと同時に、ピピピピピピ、とライフの減る効果音。海馬くんのライフは1000になった。
しかし青眼に驚いていて見逃していたが、もしかして海馬くんが言ってたバーチャル・シュミレーターってこれのこと?あたかもまるでそこに存在しているかのように、モンスター達が生き生きと動いている。モンスターを映像で実体化させる技術、と言ったところか。これには素直に感心する。
その2体の青眼の白龍はというと、遊戯くんの発動していた『光の護封剣』によって、攻撃を封じられているようだった。

「フフフ!その程度、痛くも痒くもない。封印が解けるまで、あと1ターン……。
 ボクの引いたカードは……3枚目の青眼の白龍!!」
「っ!!」

そしてたった今、海馬くんから3枚目の青眼宣言が出された。
ブオー……ン、と言う音と共に、海馬くん側のフィールドに表側表示の青眼の白龍のカードが映し出され、その上に眩い光の粒のようなものが大量に集まる。次第にそれは形を取り始め――。

『グゥオオオオオオ……!!』

まさに化け物、と言った鳴き声と共に、3体目の青眼の白龍が召喚された。

「3体目……」
「す、すげーぜ……」

天井に付かんばかりの巨体を見上げながら、城之内くんが感嘆している。でも圧倒されてる場合じゃない。
あの3体目は、光の護封剣の効果を受けない。
つまり、攻撃が可能になる!

「ブラック・マジシャンを攻撃!!」

海馬くんの攻撃宣言と共に、青眼の鋭い牙の生えた大きな口から、白いレーザーの束のようなものが吐き出された。行き着く先は、遊戯くんの場のブラック・マジシャン。
パリン!とブラック・マジシャンは砕け消え、遊戯くんのライフが減っていく。
互いのモンスターの攻撃力の差は500。900だった遊戯くんのライフは、400になった。

「まずいぜ、遊戯!」
「あれじゃ、八方塞がりだよ……遊戯くん……!」

『青眼の白龍』の攻撃力は3000。あれに敵うカードはまずない。だが破壊しない限り、勝機はないと言っても過言ではないだろう。
先程破壊された遊戯くんのブラック・マジシャンの攻撃力は2500。あれも相当強力だが、魔法カードで強化したとしても結構厳しい。その上、恐らく遊戯くんのデッキには、あれ以上のモンスターカードは入っていないだろう。
これは、明らかにまずい……!

「さあ遊戯、最後のカードを引け。次のターン、3体の青眼がお前に総攻撃をかける!
 どんなカードを引こうが……それで終わりだ!!」

今にも攻撃に入りそうな体制の、3体の青眼の白龍。遊戯くんの視点だとかなりの迫力だろう。

「おい、遊戯!!」 城之内くんが堪えきれずに大声を張り上げる。

その遊戯くんの手は、カードをドローする直前で固まっていた。
そのまま何かを考えこむような表情。そして、それは希望と自信に溢れた表情に変わる。

彼は、諦めていない。

「皆、ありがとう。オレは、もう何も恐れない!」

遊戯くんは、カードを引いた。

「フ、ついに開き直って絶望に手を伸ばしたか……」
「それは違うな!オレは希望を手にしたんだ!」

「オレの引いたカードは…………封印されしエクゾディア!!」

――!!?

「な、何!?」

「今、5枚のカードが全て揃った!」



「怒りの業火、エクゾード・フレイム!!」










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長い。
3話目にもなってまだアニメ1話前半すら終わっていなかったのは流石にまずいと思ったので、後半一気に詰め込みました。それでも長いです
しかもこれ、微妙に終わってない。もうちょっとつづくんじゃ・・・_(:3」∠)_

(名前変換できるようになりました!やったね!)


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