02

乾いた可愛らしい音が、店内に響く。
何故だろう。その時のその音は、蜘蛛の糸のように絡みついて、耳に残る。嫌な予感を含んだ音。

「いらっしゃい!」
「ん?」「え?」

来客を確認した遊戯くんのお爺さんの挨拶に、全員の視線がドアの方へ向く。
外の光を遮るかのように逆光を浴びて、その人物は立っていた。長く長く伸びた影が、まるで私達を捉えるかのように覆い被さる。
見覚えのある青い学ラン。うちの学校の男子用制服だ。城之内くんや本田くんと違い前はきっちり閉まっているが、見間違えようがない。その格好にはまるで似つかわしくない銀色のジュラルミンケースを右手に持ち、空いた手はドアへと向かっている。
さらに視線を上へと移動。しかしそこで見えた顔は、私の知らない顔だった。いや、知っているかもしれない。組み合わない記憶のパズルに試行錯誤。
男性にしては少し長めの茶髪に、端整な顔立ち。私達を射抜く、鋭く光る青い瞳。
…………ああ、だめだ。組立て失敗。パズルは苦手だ。

「オメーは……!」
「海馬君!」
「……?」

どうやら、城之内くんや遊戯くん、反応を見る限り杏子ちゃんと本田くんも知っているようだ。ようだが。
うーん、かいばくん……?かいば……くん……ううう。やばい、名前を聞いてもまだ出てこない。
……20cmぐらい。20cmぐらい頭が出てきている。まだ出てこない。ふんばれ。もうちょっとだ。

「海馬コーポレーションの御曹司が、一体何の用だい?」

本田くんのその一言で、全部噛み合った。
海馬コーポレー…………あ、あああー!!海馬コーポレーション!!
カチリ、諦めたパズルの完成。本田くんナイスだ。残りの1ピースは君だったのか。
そう、海馬くんだ。海馬瀬人、海馬コーポレーションの現取締役社長。デュエルモンスターズの日本チャンピオン。
うわ、童実野町で一番と言っていいぐらいの有名人じゃないか。なんで名前聞いて思い出せなかったんだろう。感動のあまり思わず大声を上げそうになるが、なんとか制す。
その肝心の海馬くんは、私達を見据えて、本田くんの問いに答えた。

「遊戯君のお爺さんがカードマニアだと聞いてね」

小さく開いた口から聞こえたのは、城之内くんや本田くんの声を更に下回る艶やかな低音。へえ、こんな声なんだ。聞いたことなかった。そういや、あんまり顔とか見たことなかったなー。分からないわけだ。

「おおっ!海馬もデュエルモンスターズやるのか?そりゃ丁度いいや、仲間が増えたぜ!」 
「おいおい、よしてくれよ。君たちにその資格があるのかな?」
「何?」
「ボクはね、デュエルモンスターズでは全国大会で優勝するほどの腕なのさ!ま、君たちとはレベルが違うっていうか……」

嬉しそうな声色の城之内くんの言葉を聞きながら、ドアを閉め、すたすたとこちらに向かってくる海馬くん。
だが1秒も待たない。海馬くんは、瞬時に城之内くんを突き放した。嫌味たっぷりの声に、私は微かに眉を顰める。私はどちらかと言えば穏やかだし言い争いとかしないけど、ここまで露骨だと、流石に。
こんな嫌味な性格なのか?海馬瀬人って。全然知らなかったけど。社長というより、むしろ金持ちのお坊ちゃんのように見える。どっちにしろ腹が立つのに変わりはない。
このたった数分の間で、私の中の海馬くんの株は大変良いペースで下落しつつあった。

「何だとぉ……!?黙って聞いてりゃいい気になりやがって!!」
「やめなよ城之内くん!」
「けどよ……っ」

今にも海馬くんに飛びかかりそうになっている城之内くんを必死に宥める遊戯くん。私も立ち向かえる程の勇気があれば、今頃手は出なくとも口から小さな文句ぐらい出ていたかもしれない。そんなこと、絶対に言えないが。
絶対に。

「で?こんな店でもまともなカードは、あるのかい? ――っ!?な、何!?」

そんな目の前の二人になど目も暮れない様子で、お爺さんへと視線を移す海馬くん。と、そこから机の上のカードへ更に視線を移したのだろう。海馬くんに、明らかな動揺の色が見てとれた。上擦る声、硬くなる仕草。
すぐさま、遊戯くんと城之内くんを障害物を退かすように手で押しのける。先程の余裕はどこへ行ったのか、その表情はただ驚愕のみで構成されていた。
それはそうだ。

「何故幻の『青眼の白龍』が、こんなところに……!」

言葉通り幻。そんなカードが、現物として目の前にあるのだから。それについては、悔しいけど私も同意です。ウルトラメガ悔しいけど。
しばらく、青眼のカードを非現実に出会ったかのように驚いて見つめている海馬くん。だがそれも束の間。

「はい、おしまい。これは売り物じゃないんでな」
「くっ……!」

敢え無くお爺さんによりボッシュート。机の中に逆戻りするカードの箱。いやまあ、元々お爺さんのカードだけど。
そんなお爺さんに、海馬くんは悔しげに声を漏らした。
かと思えば、突然手に持ちっぱなしだったジュラルミンケースを、机の上にどっかりと置いた。結構重いのだろうか、若干呻く彼。そういえば一体何入ってるんだろ。地味に気になっていた。
お爺さんは、驚いているやら怖がっているやら判別つかない複雑な表情でそれを見ている。周りにいる遊戯くん達も、そして私も。本日何度目かの驚愕。
そんな中、重たげな音と共に開けられたそのケースの中身は、……え、えええ。

「爺さん、その『青眼の白龍』1枚と、このカード全部と交換してくれ!」

ぜ、全部、カード。圧巻。圧倒。
こんな厳重に頑固にガードされているジュラルミンケースの中身が、言ってしまえば全部紙なのである。それ以外何もない。
えっこれいつも持ち歩いてるのとか、どこで使うのこれとか、ていうかこれほとんどというか全部レアカードじゃないのとか、口には出さないが次から次へと泡のように疑問が生まれてくる。
しかし、これ全部と青眼1枚とを物々交換……すごいことをやる人だなあ。これぐらいじゃないと、社長なんて役職は務まらないんだろうか。ていうか会社戻らなくていいのかな、こんなことしてる間に。
周りではすげーとかすごーいとか、遊戯くんたちがそれぞれ感嘆の声を口にしている。私も思わず、うわあ……という声が漏れた。本田くんだけは、ほぉーん、と興味なさそうにしているが。
しかし、対するお爺さんは笑顔で、

「ダメ」

二文字で却下。
流石というべきか。一瞬の揺らぎもなかった。
周りからは、えええ!?という驚きの声。それに混じって、海馬くんの悔しげな声も聞こえる。
だが、まだ彼は諦めないようだ。

「交換がダメなら、言い値で買おう!」

ずい、と身体を前に乗り出す。

「言ってくれ!いくらなら、譲ってくれる!?」

どうやら値段交渉に移るようだ。しかし相手が相手だ、恐らくは。

「海馬くんじゃったか。ワシがこのカードを手放したくない理由はの、単にこのカードが強いからというわけじゃないんじゃ」
「え……?」
「このカードはワシの大切な親友から譲り受けた物での」 箱を見つめ。 「その親友と同じくらい大切なものなんじゃ」
「いくら積まれても手放すわけにはいかんのじゃよ」
「何だと……!?」
「例えそれがどんなに弱いカードでも、同じなんだね!」
「そうじゃ。本当に大切なカードには、心が宿るんじゃよ」

やっぱり揺るがなかったお爺さん。
そうだったんだ……何故お爺さんがこのカードを持っているのか、そして何故頑なにカードを手放そうとしないのか。その理由が今明かされた。
大切な人からの譲り物。それなら、全て納得がいく。託してくれた人を裏切るわけにはいかない。
やっぱり、お爺さんあってこその遊戯くんなんだなあ。友達思いで優しい性格、それはちゃんと孫にも受け継がれているようだ。良い事だね。
と、どうやらしみじみしているのは私だけのようで。

「っ……。失礼する」

それだけ聞いて、海馬くんもどうやら諦めたようだ。カードのぎっしり詰まったジュラルミンケースを持ち、吐き捨てるようにそう言って、店を出て行った。その足取りは、さっきよりずっと乱れていたように思える。
カランカラン。まるで、先程までの状況を空気をリセットするかのような音。
漂う静寂、だがそれは決して緊張ではない。和やかさを纏っている、穏やかな静寂。

「はー。ったく、一時はどうなるかと思ったぜ」
「でもよかった。きっと海馬君にも伝わったんだ、じーちゃんの想いが!」
「そうじゃのう……だといいんじゃが」

一気に緊張が解け、城之内くんもいつもの表情に戻った。遊戯くんもホっとして力が抜けたのか、机に手を付きながらお爺さんに笑顔を向ける。後ろで見ていた杏子と本田くんも同様のようだ。もちろん私も。
しかしお爺さんだけは、どこか不安そうな口ぶりをしている。何か気に病むことでもあるのだろうか。
まあ、兎にも角にも。

「ほんと、揉め事にならなくてよかったよー。あ、そうだお爺さん、このカードパック一つください」
「あ、じゃあ俺もそれ一つな!」
「僕も!」

海馬くん襲来前からしようと思っていたことを実行しよう。私を皮切りに、城之内くんと遊戯くんが便乗してお爺さんにパックのカードを渡す。
再び流れる平和な空気。乾いた冬の後に来る、麗らかな春のようだ。


しばらくして私達が店を出た時には、既に空は夕陽色に塗りたくられていた。太陽が、地平線の下で眠りに就く。
外は異常な程に静かで、車の音も風の音も何もかも、耳に入ってこない。皆黙ったまま。

それは嵐の前の静けさ、だった。




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夢要素がねぇ!!(白目) 入れどころもないけど。
夢主の口調もいまいち安定しないなあ・・・うーん
しばらくはアニメの展開通りになるかと思います。流石に全部はやらないですが。






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