08



(……っ、あ、あれ?)

ここはどこだ?

(ん、いや、知ってる……?)

知っている。知っていた。
ここは、そうだ。

(あの時の、あのとき……)

地上から離れて存在する足場、それを囲うフェンス、その檻の向こう側にいる――。
歩き出した。

待って。止まって。

(やめて)


(やめて)


音もない。


(止めて!)






* * * *






「――っ!!」

地中でもがいていた意識が、急に地上へと飛び出した。お腹を膨らませて大量に空気を吸い込む。息が荒い。

「あ、あれ……?」

私はどうしていたんだっけ。
ぼんやりとする頭で、記憶の糸を手繰り寄せる。確か私は変な男に捕まって、襲われそうになって、それから。
ああ、そうだった。思い出した。助けに来てくれた男の子が居て、確かゲームだとかなんだとか……。

(そうだ、あの時。始まる前に……)

その男の子に急に休めとかどうとか言われて、そこから意識がなくなったんだ。
身体を起こして、崩れていた体勢を整える。
手前には誰も座っていないパイプ椅子、右斜め後ろには何も書かれていないホワイトボード。間違いなく、私が居た部屋だ。
少しホッとする。もしかしてあの少年もグルなのかもしれないと、意識が無くなる前に一瞬だけ思ってしまったからだ。今になってみると、その考えもおかしく思える。
それにしても。

(……さっきの)

あれは夢、だったんだろうか。私は眠っていたのか?
もう何度も見た夢。でも、あれは現実だ。狭い用水路のような窮屈な境界線。
だがここ最近は見ていなかったのに、また今になってどうして――。

「う、うわ、あああああああ――!!」

そう考えだした時、私の思考を1つの叫び声が奪った。

「ひ、い、い、」

それに続く引きつった声。どちらも男性の声だ。
これは、もしかしなくても……。

「敗者は猛獣の餌食となる!」

裁きの声。その3つ目の声に、私は顔を上げた。


「罰ゲーム!!」

部屋に充満する深い闇色の霧。その間から微かに見えたのは、得体の知れない獣に捕えられていた、私を襲った2人の男だった。
化け物。化け物だ。表現するのも躊躇われるほど、恐ろしい風貌の。

「「うわあああああああああああ…………」」

恐怖に支配され、叫び声を上げる男達。そんな彼らを、獣は親猫が子猫の首を咥えて運ぶように首を咥えて、闇の中へと消えていった。人間は猫のように首の後ろに余分な皮はない。あれは、もう――。
一体、何が起こっているんだろう。あの男たちはどこへ消えた。私が今いるここは、本当に?

「気が付いたようだな」

その悍ましい光景に目を伏せることも忘れて見入っていた私に気付いたのか、執行者が私の方へと歩んできた。ハッとして顔を上げると、笑みを浮かべて私の前に立つ彼の姿が目に入る。
その表情には悪の感情はない。私の身の無事に安堵しているような優しさだけがそこにある。
そしていつの間にか、部屋中に充満していた黒い霧はすっかり消えていた。机にも、もう引き出しなど付いていない。
私は幻でも見ていたのだろうか。

「私は……」
「大丈夫だ。それより、早くここから出た方がいいぜ」

言葉を遮られて、何も言えなくなってしまう。
そんな私に、彼はただ右手を差し伸べて言った。

「行こう」





* * * *





「あっ、遊戯!」
「え?うおっ、遊戯ー!!お前どこ行ってたんだよー!」

私達が関係者専用入り口を抜けてしばらく店内を歩いていると、お店の入り口近くのテーブルに3人の高校生が座っていた。私と同じ学校の制服だ。彼――遊戯くんの友達なのだろう。
遊戯くんを見るなり、彼らは席から立って遊戯くんの方に駆け寄ってきた。
可愛らしい茶髪のショートカットの女子1人と、金髪と黒髪のリーゼントの男子2人。何年生か分からないが、同学年だったとしても見たことのない顔だ。

「あはは、ちょっとね。この人が男の人に絡まれてたから、気になってさ」

そんな彼らに、遊戯くんは、若干の苦笑いを浮かべながら説明する。
……あれ?
錯覚じゃない。さっきとはまるで別人だ。あんなに鋭かった彼の空気が、今は凸凹1つないくらい丸いのだ。
どういうこと……?所謂二重人格というヤツなのだろうか。いや、あれは人格ではない。人間からして違うような――。

「……おーい?」
「え?」
「どうしたの?なんかボーッとしてたみたいだけど……」

考え込んでいた私に、女の子が私の肩を叩いた。目の前に映る茶髪。すぐに意識を戻す。

「ご、ごめん、考え事してて……」
「ううん、大丈夫よ!あ、まだ名前言ってなかったわよね。私は真崎杏子、杏子って呼んで!」にっこりと微笑んだ。私が男の子だったら惚れてるだろうなあ。
「私は双見侑。よろしくね、え……と、杏子!」
「うん、よろしく!」

初対面の人と話すのはやっぱり慣れない。けれど杏子には、なんだかその原因の見えない壁が他の人より薄いように感じた。少し力を入れるだけで壊れそうな、脆くも頼れる壁。
そんな杏子を押しのけて、金髪の男の子が割って入る。

「おいおい杏子ばっかずりーぜ!オレは城之内克也ってんだ!よろしくなー!」
「え、えっと」
「ちょっと!いきなり城之内が出てくるから、侑困ってるじゃない!ごめんね、こんなヤツ無視していいわよー」
「んだとー!?」
「おい、あんま騒ぐんじゃねえぞお前ら!ああ、オレは本田ヒロト。よろしくな双見!」

城之内くんは私との壁に、初っ端からタックルをかましてきたように思えた。突然すぎて面食らう。けれど、嫌じゃない。
それに続いてきた本田くんも、他人を隔てる複雑な障害物をするりと通り抜けて、私の心の扉を叩いてくる。
どうしてだろう。今初めて会ったばかりなのに、こんなに心地がいいのは。太陽の光のようにあったかい。たくさんの絵の具を混ぜているのに濁らない、綺麗な色。
私は思わず笑っていた。

「よろしく、城之内くん、本田くん」
「おっ……おう!双見!」
「お?何だぁ城之内、照れてんのかぁ?」
「ちがっ、ちげーよ本田!ニヤニヤした目で見てんじゃねー!!」

何気ないやり取りに起こる笑い。私は今まで感じたことのない安らぎを、胸いっぱいに感じて。
周囲の雑音すら心地いい。

「遊戯くん、さっきは本当にありがとう」
「ううん、双見さんが無事で良かったよ」

左隣に居た遊戯くんに、遅れてお礼を伝える。さっきは別人だと思ってしまったが、どうであっても彼が助けてくれた事に変わりはない。遊戯くんは遊戯くんだ。それでいい。
私は彼の方に向き直って、左手を差し伸べた。

「よろしくね!」





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春休みもあったのになんでこんな時間かかってるんだろう。
そんなこんなで出会い編おわりです。次からまた本編。

オールキャラとか言っておきながら、最終的には社長エンドに
なりそうです……。元々そのつもりで設定作ったので妥当といえば妥当なんですが




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