「アレゼル」
王の間へ行こうとしていたアレゼルを近衛部隊に入っているエルフが呼び止める。
「王から言伝を預かった。今日は他の者に近習を交代させるから休みを取れ、だってさ」
「え?」
今まで休みを与えられる時は直接言われた。昨夜も何も言われなかったのに、とアレゼルが思っていると男は続ける。
「俺も今日仕事休みなんだけど、予定あるか?」
「ないけど・・・・・・」
「じゃあ一緒に狩りでも行こうぜ。一度アレゼルと行ってみたいと思ってたんだ」
「悪いけど狩りは無理。ちょっと今体が痛いの」
また今度ね、とアレゼルはその場を離れ自室へ戻る。しかし男はしつこく、いきなりアレゼルの手首を強い力で掴むと暗い路地のような場所に連れ込み壁に押し付けた。
「離しなさい」
「ならしてみろ。王の近習さん」
「っ・・・・・・!」
キッと男を睨みつけ、掴まれたままの腕を振りほどこうとするが、数センチ壁から離れるだけで振りほどくには至らない。
「何が目的?」
「なに、少し鬱憤ばらしの手伝いをしてほしいだけさ」
「暴力を振るうつもりならやめた方が良いわよ。その前に首を掻っ切ってやる」
「状況が分かってないみたいだな。俺は今、あんたを好きなように扱えるんだ」
突然男が短剣を取り出し、アレゼルの着ている皮の鎧の前部分に斬りつけた。そして足の間に身体を押し込むと、鎧ごと服を割く。
「誰か・・・・・・んぐ!!!」
「おっと騒ぐな。こんな姿を晒してもいいのか?」
確かに晒すのは嫌だ。だがこのまま男の言いなりになるのは耐え難い。如何にかして退かそうと暴れていると、男がある者を見つける。それは、昨晩スランドゥイルが付けた所有印。
「へぇ、本当に王のお気に入りなんだな。こんな痕付けやがって・・・・・・。それにこの様子だと何度も抱かれてるみたいだ」
「っ・・・・・・!」
手が胸の膨らみに伸びた、その時。
「余の近習に何をしておる」
低い声が聞こえ、男は一瞬のうちに突き飛ばされた。力が抜けアレゼルはぺたりと床に座り込む。声がした方には今まで感じたことがないまでの怒りを湛えたスランドゥイルが立っていた。男は「ひっ」と悲鳴を上げ逃げようとしたが、スランドゥイルの後ろにいた衛兵に捕らえられ、彼の前に引き出される。
「貴様、覚悟はできておろうな。余の近習に手を出した罪は死をもって償わせてやろう」
「ど、どどどどどうか、お許しを・・・・・・っ、私は、私は、ただ」
「連れて行け」
慈悲の欠片もない瞳にねめつけられ動けなくなった男はそのまま何処かへ連れて行かれた。そして、スランドゥイルは呆然としたままのアレゼルに自分の外衣を着せて思い切り抱きしめた。
「なかなか部屋に来ぬと思えば・・・・・・っ、心配をかけさせるでないアレゼル!!」
「申し訳・・・・・・ありません」
「何処か触られてはいないか?」
「服を破かれただけです。ご心配には及びません」
「新しい服を。部屋へ案内しろ」
アレゼルを抱き上げ、スランドゥイルは歩き出す。何も知らない他のエルフたちは何事かと不思議に思い二人の様子を見ていたが、王の表情で何かただならぬことがあったのだとだけ解釈した。
部屋に到着すると、スランドゥイルが服を脱がせようとしてアレゼルは止めた。
「着替えくらい一人でできるわ。政務に戻って」
「今アレゼルを一人にできるはずがないであろう。大人しく従え」
「大丈夫よ!!いいから戻って!!」
つい声を荒げてしまい、アレゼルはハッとする。
「・・・・・・ごめんなさい。でも、今は一人でいたいの」
「アレゼル?」
「お願い」
消え入りそうな声でアレゼルが懇願すると、スランドゥイルは根負けしたように部屋を出て行った。そして足音が聞こえなくなるとアレゼルは涙を流し始める。
何もできなかった。敵わなかった。男女の力の差を見せつけられた。それがアレゼルにとって耐え難い苦痛だった。それだけではない、愛する人以外に自分の肌を晒してしまった。挙げ句の果てにはスランドゥイルと体を重ねている事まで勘付かれ、最悪それを知っている事を盾に犯されていたかもしれない。
自分の不甲斐なさに耐えきれず、アレゼルはその日自室で泣き続けた。
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