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エレンミア


 霧ふり山脈の西麓近くにあるエルフの拠点、裂け谷。その領主エルロンドが住まう「最後の憩」館の門を喝返色のマントを着た旅人が潜り抜けた。乗ってきた馬を厩に入れ、館の中に入ると黒い豊かな髪をしたアルウェンが出迎える。

「おかえりなさいエレンミア」
「ただいま、義姉さん」
「お父様が呼んでいるわ。服を着替えていらっしゃい」
「どうせまたすぐ出るんだ。このままで行くよ」
「ならせめてマントの泥を落としなさい」

 はいはい、と返事をして旅人ーエレンミアはマントを脱いで外に向かってばさばさと振った。着ているのは勿論旅装束で、肩から矢筒と短剣を下げている。腰のベルトとブーツはところどころ擦り切れていて長年変えていないことを示していた。血は繋がっていないとはいえ、妹のあんまりな格好にアルウェンはため息を漏らす。裂け谷に留まっていれば自分と同じような格好をして穏やかに暮らしていたはずなのに。しかし幼い頃から武術へ興味を持っていたのだから仕方ないかもしれない。
 マントの泥を落とし終わったエレンミアは数百年ぶりに訪れる館の中を進み、養父が待つ部屋へ行った。沢山の書物や地図が置いてあるあの部屋は自分の部屋の次に落ち着ける場所であり、養父にねだって様々なことを教えてもらった思い出の場所でもある。そして、彼があの部屋へ呼ぶ時は決まって何か重要なことを頼む時だ。執務室など誰もが知っているような部屋ではグロールフィンデルやエレストールなどを除いて他の者に聞かれる可能性がある。
 部屋に入ると、奥の物見台近くに養父エルロンドが佇んでいた。

「父上、ただいま戻りました」
「エレンミアか、おかえり。今回は随分遠くまで行っていたようだな」
「はなれ山にはまだ行ったことがありませんでしたから」
「帰ってきたばかりですまないが、頼みたいことがある。指輪所持者のホビットが今ここに向かってきているのだが、途中で落ち合うはずだったガンダルフが敵に囚われた」
「では指輪所持者を見つけてここまで連れて来ればいいのですね」
「そうだ。彼のことは黒の乗り手達も探している。できるだけ目立たずに行動しろ」
「わかりました」

 礼をしてエレンミアは部屋を出た。ナズグル達は既に呪魔の塔ミナス・モルグルを出発している。ホビット庄にだけは行ったことがないため正確な時間は測れないが、ミスランディアのことだから彼等ホビットが訪れても目立たない場所を待ち合わせ場所に選んだはず。それなら場所は一つしか考えられない。エレンミアが厩から愛馬を出していると、アルウェンが何かを持って歩いてくる。

「着けていきなさい」
「これは・・・・・・」
「着けていると落ち着くんでしょう?貴女すぐに冷静じゃなくなるから着けていたほうがいいわ」
「・・・・・・わかった」

 首にかけたのを確認するとアルウェンは満足気な笑みをたたえ、妹の手を握った。

「気をつけてね」
「ああ」

 蹄の音を響かせながら再びエレンミアは裂け谷を出た。向かうのはここから西にあるブリー村。日数はかかって数日から一週間。もし彼らが先に到着してもミスランディアが来ると信じて村に留まるだろうが、自分のほうが早く着いて待っている方が安全だろう。速度を上げ、エレンミアは森の中を駆け抜けた。
 エレンミアが裂け谷を出た後、アルウェンはしばらく門の前で彼女が向かった方を向きながら立っていた。 自分とほんの数年しか年が離れていないエレンミアがこの谷へ来て妹になることを知った時、とても嬉しかったのを覚えている。その時はまさかエレンミアが闇の勢力と戦う戦士になるなんて予想もしていなかった。自分だけではない。父や母、双子の兄達も思っていなかっただろう。
 エレンミアが亡き両親を思って泣きじゃくった時は自分がいつも傍にいるから大丈夫だと言って慰め、母から歌を教われば一緒に歌った。エレンミアが剣術や弓術を習うようになってからは一緒に何かを学ぶということは少なくなったが、それでも仲は良いしお互い自分の幸せを見つけてそれに向かって生きていくのだと思っていた。
 
「( 貴女の幸せは戦うことだけなの?)」

 以前エレンミアに幸せは何か聞いたことがあった。返ってきた言葉はいかにもエレンミアらしいものだったが、アルウェンはエレンミアがその言葉で一人の男性への想いを押しつぶそうとしていることを見抜いていた。鎌をかけるつもりで好きな男性はいないのかと聞いたが、そんなのいるわけがないと言われ、それ以上聞くことはなかった。
 「幸せ」は一人ひとり違う。それはアルウェンも重々承知だ。だが、妹には彼女自身が本当に望む幸せを掴んでほしい。早く彼女がそれに気づいてくれるよう願いながらアルウェンは自室へ戻った。
 




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