Never Change | ナノ

生と死


 暗闇の中を進む一行。アラゴルンがエレンミアを運びながら一番後ろを歩いていると、ボロミアが列を外れてこちらに来る。

「アラゴルン、エレンミアを貸せ」
「何故だ」
「片手に松明まで持っているのに、彼女まで背負っていてはいざという時身動きできんぞ」
「忠告はありがたいが大丈夫だ」
「大丈夫に思えないから言っているんだ」

 小さな火花が二人の間に散る。確かにアラゴルンはエレンミアを肩に担いで運んでいて、ホビットやドワーフのように身長が小さな種族ならまだしも、エレンミアはエルフだ。身長もアラゴルンより低いとはいえそれなりにあるのだから見ている方からすれば危なっかしいことこの上ない。
 ボロミアが更に訴えようと口を開いたその時。アラゴルンの背中から小さなうめき声が聞こえてきた。

「ここは・・・・・・?」
「モリアの坑道だよ。気分はどうだ?」
「問題ない」

 頭に血が上ってしまうから下ろしてくれと言うエレンミアをアラゴルンが地面に下ろすと、ボロミアはどこか納得がいかないような、不満そうな表情をして列に戻って行った。

「運んでくれてありがとう」
「大したことはしてない」
「あの怪物はどうなった?」
「分からん。だが生きてはいるだろう」

 そうか、と言うとエレンミアは前を向いて歩き出す。目覚めたばかりで歩くのは危ないかと心配していたが、エレンミアはふらつくこともなくどんどん歩いていく。これなら心配いらないな、とアラゴルンが思っていると、次第に道が細くなり、右手には深い採掘場が広がっていた。

「モリアの富は金や宝石ではない。ミスリルじゃ」

 ガンダルフが杖の先の光で下を照らすと、底が見えないほど深い採掘場が見えた。そこにはかつて使われていたと見られる滑車や朽ちかけた梯子があった。そのあまりの深さに皆が足を止めて採掘場を見る。

「ビルボはトーリンから与えられたミスリルの胴着を持っておった」
「おお、ドワーフ王からの贈り物か」
「そうじゃ。彼に言ったことはないが、あれはホビット庄全体の四分の一以上の価値がある」

 採掘場を過ぎると、次は長く続く階段が待っていた。途中途中に白骨死体や誰かの所持品が転がっており、不気味な雰囲気のなか皆黙って登っていく。ようやく全員登りきってさあ先に進もうとした時、ガンダルフがぴたりと足を止めた。

「ガンダルフ?」
「この場所は・・・・・・記憶にないぞ」







× × × × × × ×







 ガンダルフが道を思い出そうと座り込んでから数時間。小さく火を起こし、その前でアラゴルンがパイプ草を吸っていると、エレンミアが苦い顔でそれを見た。

「アラゴルン・・・・・・、まだ続けていたのかそれ」
「そうだが?」
「健康に悪いからほどほどにしろよ。煙草ほど害があって利のないものはないんだからな」

 煙から逃げようと奥へ行くエレンミア。そういえば一緒に旅をした時も言われたような気がする。やめたほうがいいのだろうか。だがパイプ草はすでに生活の一部だ。そう簡単に止められそうにはない。

「(・・・・・・少しだけ控えてみるか)」

 アラゴルンがそんな小さな決意をしていた時、フロドは何をするでもなく座り込んでいた。今回ばかりはガンダルフが道を思い出すのを待つしかない。ふと視線を登ってきた階段に向ける。するとずっと下のほうを 青白い生き物・・・・・・が登っているのが見え、慌ててガンダルフに駆け寄った。

「下になにかいる!!」
「・・・・・・ゴラムじゃ」
「ゴラム?」
「三日ほど前から儂らをつけておる」

 フロドは驚いた。彼はモルドールの要塞に捕らえられていたはずなのに。一体どうしてこんな場所にいるのだろう。

「まさかバラド・ドゥアの牢から逃げてきたの?」
「もしくは、わざと放たれたか。指輪が彼をここに導いたのじゃろう。ゴラムは指輪の魔力から逃れることができん。彼は指輪を愛し、また憎んだ。彼が自分自身を愛し憎むのと同じぐらいにな」

 後ろを振り返ると、遠くにある梯子の隙間から黄色い大きな目が二つ光っていた。こちらにやってくる様子はない。さすがに今出てきても自分が不利であることは分かるようだ。

「スメアゴルの人生は悲しいものじゃ。そう、ゴラムはかつてスメアゴルと呼ばれておった。指輪が彼をあんな姿に変えてしまったのじゃよ」
「ビルボが指輪を拾った時、情けなんてかけず彼を殺しておけばよかったのに」
「情け?それがビルボの手を止めたのじゃ。多くの生きるべき者が死に、死んで欲しい者が生きる。お前は後者に情けを与えることができるか?フロド」

 ガンダルフの問いにフロドは答えることができず黙り込む。

「そう簡単に死の判断を下してはならん。賢者とて未来は見えぬ。儂の心はゴラムもまた、良いか悪いかは分からぬが、役割を持っていると言っておるのじゃ。もしかすると、ビルボの情けが大勢の運命を変えることになるかもしれん」

 もう一度振り返ると、ゴラムはもういなくなっていて、フロドはガンダルフの隣に座ると言った。

「・・・・・・指輪なんか、僕のところに来なければよかったのに」
「フロド、どんな者でも辛い目に合うと皆そのように言うがどうにもならん。大切なことは今自分が何をすべきか考えることじゃ。この世界では善悪に加えて運命の力が働く。ビルボは指輪を見つけ、
お前さんはそれを持ち、運ぶ運命にあった。そう考えれば納得がいく」

 言い終わると、ガンダルフは突然道を思い出したらしく立ち上がって皆を二つある道をうちの1つへ誘導する。フロドは先程のガンダルフが言った言葉をもう1度繰り返すと、灰色の魔法使いの後ろについて行った。
 


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