Never Change | ナノ

一時の休息


 暗い。何も見えない。指輪をはめた時聞こえたあの声がフロドに何かを囁きかける。今まで聞いたこともないその言葉はまるで生き物のように耳から入り込み、心に虚しさを広めていっている。逃れたくても逃れられない。フロドは耳をふさぎ、その場にしゃがみ込んだ。声はどんどん大きくなっていく。
耐え切れず誰か助けてくれと強く願ったその時、ふと暖かい何かが自分の隣に寄り添うのを感じた。それは次第に増えていき、暗かった視界に光が差し込みはじめる。背中を押され、フロドはその光に向かって走り出した。


















 ぴちち・・・・・・、と小鳥のさえずりが聞こえる。暖かい。何だろうと手で触ってみると、自分はあの暗い場所ではなく柔らかな寝台の上に寝かされているのだと気付いた。

「ここは・・・・・・?」
「エルロンドの館じゃ。そして更に付け加えるなら、今日は10月24日で朝の10時を回ったところじゃよ」

 聞き覚えのある優しい声にフロドは思わず起き上がる。そこには大きな背もたれのある椅子に座ってパイプ草を吸う灰色の老人の姿があった。

「ガンダルフ!」
「お前は運が良かった、あと少し遅れていたら完全に手遅れになっていたぞ。あの剣に耐えられたのだから大したものじゃ」
「いったい何がったんですか?何故あの宿にいらっしゃらなかったんです?」
「ああ、・・・・・・すまんフロド。少々予定が狂ってな」

 仲間と思っていた魔法使いに監禁されていたことは秘密にしておこう。今回復したばかりなのにまた重い話をするのは酷だ。それにこれ以上フロドに闇の勢力に関する情報を与えるのは賢明ではない。何か納得させられる言い訳を・・・・・・と考えたが、肝心な時に限ってすぐ出てこない。

「ガンダルフ?」
「・・・・・・何でもない」
「フロド様!!」

 嬉々とした表情でサムが部屋に飛び込んでくると、フロドも顔をパッと輝かせて友を抱きしめた。

「サム!」
「よかった、目が覚めて。ずっと心配だったんですよ」
「サムはお前の看病をずっとしていた」
「私だけでなく皆心配していました。そうですよねガンダルフ」
「ああ。エルロンド卿のおかげで回復に向かっている」

 ガンダルフの横からエルロンドが現れ、フロドに笑みを向ける。多くの叡智と大きな力を持つエルフだとフロドは真っ先に感じた。

「裂け谷へようこそ。フロド・バギンズ」
「ありがとうございます。あの、僕をここまで運んでくれたエルフの女性は今どこに?」
「エレンミアなら館の中にいる。だが君にはもっと先に会うべき者がいるのではないかな」

 エルロンドはそう言うと部屋を出た。とりあえず寝着から持ってきていた服に着替えようとフロドは寝台から起き上がると、清々しい風に体が包まれる。気のせいか、目覚める前に見ていた夢の不快感が拭い去られていく。
 サムと共に館の中を歩いていると、メリーとピピンが走ってきて抱きつかれた。

「心配したぜフロド!もう歩いて大丈夫なのか?」
「ああ。二人も無事で良かった」

 ふと視線を外すと、奥のベンチに白髪頭の小さな老人が本を持ちながら座っているのが見える。誰なのかすぐに分かったフロドは仲間のそばを離れ、会いたくて仕方がなかった養父の元へ駆け寄った。

「ビルボ!!」
「ああ、私のフロド!」

 久しぶりの再会を喜び合った後、二人はベンチに座ってフロドはビルボが書き記した本をパラパラと捲った。中にはビルボが昔旅をしたことやホビットの事についてびっしりと書かれていて、地図や挿絵、更にはドワーフが使う文字で記されたものもある。

「ホビットの冒険、ビルボ・バギンズ著。すごいな」
「また行くつもりだったよ。あの不思議な闇の森、は湖の町にはなれ山を見に・・・・・・。だが年が私に追いついてきた」
「・・・・・・ホビット庄が恋しい。昔は他の土地にひどく憧れていた。いつかビルボと一緒に冒険の旅に出るのだと、それがこんな旅になってしまった。貴方はすごい」
「私のフロド・・・・・・。お前はまだ若い、これからもっと広い世界を見る機会がいずれ来るだろう」
「・・・・・・はい」

 ビルボに寄り添いながらフロドは本当にそんな機会が来るのだろうかと思ったが、なんとなくそれが待ち遠しくて静かに期待の笑みを浮かべた。

 



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