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野伏の男


 早朝のブリー村を全身黒ずくめの野伏が一人、ホビット4人が出発する。まだ眠気が切れないホビット達に気を付けながら野伏―アラゴルンは周囲を警戒しながら歩いていた。昨晩は念のため自分がとっていた部屋に避難したおかげでナズグル達から逃れることができたが、いつどこで奴らが現れるかわからない。それに敵の追手は人間の中にもいる。できるだけ目立たずに進まなければ。

「どこへ?」
「人里を離れる」

 迷いない足取りで進むアラゴルン。まだ彼を信用しきれないホビット4人は訝しがりながらも彼の後を付いていく。

「フロド、彼はガンダルフの友人だって言ってたけど本当か?」
「分からないよ。敵の手下っていう雰囲気でもない。……不潔だけどね」
「だな」
「でも、彼を信じるしか道はない」
「これからどこへ向かうんですか?」
「裂け谷のエルロンド卿の館だ。ギャムジー殿」

 裂け谷と聞いてサムは「エルフに会えるんだ!」と歓喜した。ブリー村に着く前も灰色港へ向かうエルフの一行を見たが、残念ながら顔を見ることはできなかったし、彼らが歌う神秘的な歌を聴きながら見送ることしかできなかった。裂け谷に着いたら、もしかしたらエルフと話ができるかもしれない。もっとも、彼らが自分たちの話す西方語を話すことができたらだが。
 森を抜けてまだ雪が残っている中を進んでいる途中、彼らがちゃんと付いてきているか確認するためにアラゴルンが振り向くとホビット達は立ち止まって馬の背に乗せている荷から何かを出そうとしていた。

「君たち、夜までは休まないぞ。日中は歩き続けなければ」
「朝ごはんは?」
「食べただろう」
「一回目はね。でも二回目はまだだよ」

 ピピンの答えにアラゴルンは何も言わず再び歩き始めた。

「彼は朝食を二度はとらないみたいだ、ピップ」
「11時のおやつは?お昼とお昼のおやつは?夕飯は?夜食は?ないの?」
「我慢だ」

 予想もしていなかった事態にピピンが軽く呆然としていると、いきなり頭上から林檎が一つ投げられる。それをキャッチしたメリーに肩をたたかれ、もう一度飛んできた林檎を取ると急いで先を進む幼馴染の後を追った。
 更に道を進み、蚋が飛び回る沼を越えたところで日が傾き始める。今日はここで野宿をするらしく、アラゴルンが足を止めた。夕飯はアラゴルンが狩ってきた鹿で、日中の楽しみを我慢せざるえなかったホビット達は肉とサムが持ってきていた野菜で腹を満たし、日中歩き続けたための疲労と満腹感のせいか、4人はすぐに眠りに落ちた。
 少し離れた場所でパイプを吸いながらアラゴルンはきょう一日のことを振り返る。ブリー村にはただの情報収集のために訪れていたが、思いもよらない事態と収穫があった。指輪所持者がいた事、そして白のサルマンが敵側に付いたかもしれないということ。魔法使いの彼が本当にサウロンに加担したとすればゆゆしき事態だ。エルロンド卿はもうこの事を知っているだろうから、なんらかの策を考えているかもしれない。

「(だとしたら彼女も動いているかもしれない)」

 以前館に戻った時、アルウェンから彼女が今は卿の右腕として中つ国中を駆け巡っていると聞いた。もしかしたら指輪所持者のことも知っていて探しているかもしれない。彼女に会えるだろうか。裂け谷にいる可能性もかなり低いうえに、自分の予想が外れていて今もどこかを旅していたら確実に会えない。溜息と一緒に煙を吐きだして自分もそろそろ寝ようとした瞬間、近くで何かが枝を踏む音がした。
 ナズグルか?違う。奴らの気配ではない。夜行性の動物だろうかとも思ったが、この辺りは動物が住むような場所ではない。剣をゆっくり抜いて息を殺す。相手がどんな格好をしているか分からないが、闇にまぎれるという点ではこちらに分がある。こちらから先に出て、まずは相手の様子を見よう。ただの旅人なら何もせず見逃せばいい。指輪を追ってきた敵ならその場で切り伏せるのみだ。
 音がした方に進んで気配を探る。しかし先ほどとは打って変わって木の葉が落ちる音一つしない。ただの聞き間違いだったのだろうか。もう一度辺りを見渡してホビット達の所へ戻ろうとしたその時、背後から首筋に短剣の切っ先が中てられ、凛とした声が聞こえた。

「背後には気をつけろと何度も言ったはずだ。それでも野伏の長か?」

 懐かしい声。切っ先がどけられ、背後の相手に向き直るととそこには会いたくて仕方がなかったエルフがいた。




 


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