「………おや、雪が降っていますね」



右京兄さんが窓を見て、珍しそうに呟きました。
それを聞いた十男の祈織くんは、興味なさげに、「うん、そうだね。どうりで寒いと思った。」と返しました。



「すみません祈織、お願いがあるのですが……」



「? なに?右京兄さん」



「琉奈を迎えに行ってやってくれませんか?たしか、もうすぐで琉奈の勤めてるサロンが閉まる時間なんですが、琉奈、傘を忘れていったと思うんです。」


まぁ、今日は雪が降るなんて予報はしてなかったから、しょうがないとはおもうんだけれど。
そんなことを頭の中で呟きながら、祈織くんは「いいよ、行ってくる」と言って、傘を持ち、コートを羽織ってサンライズ・レジデンスを出ました。









祈織くんはもふ、もふ、と雪を踏みしめながら歩いていました。
歩く度に後ろに残る自分の足跡、口からでる白い息。外気に晒されたクロスのペンダントがさらに冷たくなって首や鎖骨の辺りの素肌にひんやりと伝わってくる。その冷たさに生理的な鳥肌が立って、早く、琉奈姉さんに会って、家に帰りたいなあ、と祈織くんの足を早くさせました。





ようやく着いたサロンの前では、琉奈ちゃんが鍵をかけていました。クリーム色の大判のストールが琉奈ちゃんの首を埋めるようにぐるぐる巻きにされています。




「琉奈姉さん」



「………あ、祈織くん」





こんなところで会うなんて、珍しいね。どうしたの?
そんな風に聞いてきた琉奈ちゃんに祈織くんは思わず苦笑を返しました。琉奈ちゃんを迎えに来たというのに、全くその自覚がありません。





「琉奈姉さんを迎えに来たんだ。傘、もってないんでしょう?」



「傘?」



「雪、降ってるから。」



「……これぐらいの量なら、多分、平気だと、思う」



「駄目だよ。琉奈姉さん、風邪引きやすいんだから」




だから、はい。
そう言って傘を渡そうとする祈織くんに、琉奈ちゃん、少しだけ悪戯心が芽生えました。
祈織くんから傘を受け取らず、そのまま祈織くんの隣をすり抜けて駆け出しました。





「あっ、ちょっと、琉奈姉さん!」



「ふふふ、見て、祈織くん。足跡、ついた」




確かに駆け回った琉奈ちゃんの小さい足跡が、祈織くんの足跡に並ぶようについていました。





「これで、もう、寂しくない、ね」




「!」






そう言って柔らかく微笑んだ琉奈ちゃんに祈織くんは思わず目を丸くしました。





「(綺麗、だ。)」




雪の白と、琉奈姉さんの白い髪。
どちらも、同じ白なのに、こんなにも違う白色をしている。
暗い夜道に仄かに街灯の灯りが揺らめいて、その光が雪に反射する。
ひょっとしたら、琉奈姉さんも、雪みたいに、融けて………



「(消えないで)」





気づけば、祈織くんは琉奈ちゃんの腕を掴んで、自身の胸に引き寄せていました。





「………祈織、くん?」




「琉奈姉さん、あんまりはしゃいだりしないでよ。姉さんが怪我でもしたらあとで琉生兄さんにどやされちゃうし。だから、」






遠くにいかないで






消えないで






ほとんど喉を震わせずに、呼吸だけで出たその声に、琉奈ちゃんは何も言いませんでした。
代わりに、片方の腕を背中にまわし、もう片方の腕を自分より大分高い祈織くんの頭にふんわり、ぽんぽん、と撫でるように置きました。





「祈織くん、わたしは、ここにいるよ」





きえないよ







「祈織くんが、わたしに、消えてほしいって、願うまで、わたしは祈織くんといっしょ。……琉生兄さんも、ちぃちゃんも、ジュリさんも、ほかのみんなも、いっしょだよ」






「…………願わないよ、そんなこと」





「ふふ、じゃあ、ずっと一緒だね。」




「……うん」





「祈織くん、」




一緒に帰ろう?






「うん、手を繋いで、帰ろう」












雪が融けるまえに




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