「あぁ……またか」


部屋中に充満する甘ったるい匂い……原因は分かっている。琉奈が周りの人間を傷つけないように、チョコレートを大量摂取したからだ。
琉奈は吸血鬼に分類されるのだが、如何せん、人間から血を貰うことを拒んでしまう。
そんな彼女が自分の血が足りないと感じた時は、応急処置的にその感覚を麻痺させるためにチョコレートを大量に摂取するのだ。その麻痺で体が言うことを聞かず、普段抑えているフェロモンが垂れ流れてしまう。
そのせいで、部屋はチョコレートと彼女から発する特有の、媚薬と言っていいほどに甘ったるい官能的な匂いがするのである。


今日は一日中部屋にいると思ったら……こういう事だったのか。
いつもなら自分の半身である琉生に血を分けてもらうようだが、生憎と琉生は仕事で帰ってくるのが遅い。



「……はぁ、仕方ない。琉奈」


「ハァ……ッ、う、きょう兄さん………ッ」



涙で潤んだ菫色の瞳と脳髄に直接響くような声が、私の心臓を掻き毟るほどに湧きたてる。


琉奈の後頭部と腰に手を回し、琉奈の顔を自分の首筋にあてがうと、彼女は過呼吸に侵されたように息をより荒くした。



「ハァ……ッ!ふ、ぅん……!」


「ほら、早く呑みなさい。余計に苦しくなりますよ」


「……右京、にい、さん………ごめ、な、さい………」



そう言った彼女は、大きく口を開け、牙を私の首筋に突き立てた。


プツッ……と音がしたその次の瞬間、私の体に痺れるような快楽が襲ってきた。
人間が吸血鬼に血を吸われる時、人間にとっては媚薬のような快楽が訪れるらしい。それを知ったのは、初めて琉奈に血を吸われた半年前のことだ。


ぢゅる、ぢゅる、と琉奈が血を啜る音が聞こえる。
その音を聞く度、私の背筋がゾクゾクと震えあがり、あまりの快楽に鳥肌がたってしまう。
何度されても、この感覚にはいつも戸惑ってしまうのだ。




「………んっ……ちゅっ……ハァ……っ」


「……っ、終わりましたか?」


「……ごめん、なさい……右京兄さん……」



また、我慢出来なかった……
そういって泣きそうになる彼女を見るのは何回目だろうか。



「あれほど我慢は禁物だと言ったでしょう」


「でも、チョコレート、食べてたから、大丈夫、と、思ったの」


「はぁ、これからはそうなる前に、きちんと琉生か私に報告すること。いいですね?」


「……はい……このこと、琉生兄さんには……」


「きちんと報告しますからね」


「……はぁい………右京兄さん、」


「はい?」


「貧血、なってない?」


「心配されるほど、ヤワじゃありませんよ、私は」


「そう……よかった」






ふんわりと微笑む彼女にもう、あの甘い匂いはしなかった。








ミス ブラッディ・チョコレートの憂鬱






「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -