「よっ、まもる!」
「あ、熱斗くん」
 熱斗がまもるの病室に顔を出すと、まもるは読んでいた本を閉じた。熱斗に向けられるその表情には、以前のような翳りは全く見られず、顔色も良いので術後の経過は極めて順調だと見える。
「もうだいぶ元気になったなー」
「うん、病院の中のちょっとした移動くらいは自分でするよ」
 まもるの言葉に、へえ、と熱斗は感心した。ちょっと前の根暗なまもるは何処へやら。それも目出度く手術が成功したからだと考えると、やっぱり頑張って良かったよな、と熱斗は心の中でまもるに言うのだった。
「ねえ熱斗くん、何処へ行くの?」
 外に出るのが楽しみで仕方がない、という風にまもるはうきうきしている。そうだ。そもそも熱斗がまもるの病室に顔を出したのは、今日は二人で遊ぼうという話になっているからだ。
「うーん、そうだなあ……外へ出るにはまだ車椅子がいるんだよな?」
「うん」
「……じゃあ、近くの海岸でいいか? あんまり遠くまで行くのは大変だし」
「うん、いいよ!」
 まもるは自らベッドを降りて車椅子に座る。熱斗の手を殆ど借りようとしないので、逆に熱斗が狼狽えてしまったくらいだ。
「じゃ、しゅっぱーつ!」
 まもるがしっかり座ったのを確認してから、熱斗は勢い良く車椅子を押した。

 秋の始まりともなれば、さすがにこの浜辺に遊びに来る人は少ない。しかし秋晴れの空は青く冴え渡り、海岸に吹く風も爽やかで心地良い。子どもたちが来て作ったのだろうか、ささやかに砂の城が佇んでいた。
「もうじき退院なんだっけ」
「うん……術後の経過が順調だからって、先生が」
「そっか」
 寂しくなるな……と熱斗は頭の後ろで手を組んで、海の向こうを眺めながら小さく呟いた。まもるが退院したら全く会えなくなってしまうという訳ではないのだが、退院後のまもるにはしなければならないことが山ほどあるだろうから、会える機会は格段に減ってしまうだろう。
「……あ、そう言えばさ」
「どうした?」
「この間、夢に熱斗くんとロックマンに似た人が出てきたんだ」
「なんだって!?」
 突然のまもるの発言に、熱斗は驚いてPETを取り出そうとしたが、生憎PETは病院のフロントに置いてきてしまっていた。
「そ、そんなに驚くことかな」
「いや、だって……俺とロックマンに似てるって言ったら……」
 もしかしたらだけど、そんな人、自分が知っている限りでは一人しかいない。熱斗はそこで一旦言葉を切り、ゆっくりと話し出した。
「ほら、前に言っただろ、俺には心臓の病気で死んだ兄さんがいるって」
「……うん」
「彩斗兄さんがまもるの夢に出てきたんだ……」
 そう感慨深そうに呟いて、熱斗は口を閉じた。まもるはそんな熱斗の雰囲気が気になって熱斗を見上げると、熱斗は何時になく神妙な顔をしていた。
「どうして兄さんがまもるの夢に出てきたんだろう」
「熱斗くん……」
 不思議な感じがした。ほとんど自分たち家族しか知らない兄さんが、まもるの夢に出てくるなんて。確かにロックマンとしての兄さんはまもるを知っている。兄さんは自分と同じような境遇に置かれたまもるに引き付けられたのだろうか?
「でもね、お兄さんは、幸せそうな顔をしていたよ」
 まもるの言葉に、熱斗ははっとしてまもるの顔を見つめる。それは、何処か見覚えのある笑顔のような気がした。
「いい友達を持ったねって」

 誰かが作った砂の城は既に波によって浚われていた。海岸には自分たち以外の人影はなく、優しい波の音にいくらでも聴き惚れていることができる。命の源の、確かな調べ。鼓動も、さざめきも、息吹も、全てこの身を包み込み、また新たな命へと繋がっていくのだ。
「退院しても、また一緒に遊ぼうな」
 熱斗は夕日を背に、まもるに言った。
「うん、ぼくネットバトルも練習して、いつか熱斗くんに挑戦するよ」
「ああ、待ってるぜ!」
 それぞれの拳をこつんと軽く突き合わせる。熱斗は、そろそろ帰るか、と車椅子の向きを変えた。まもるの手には大事そうに、あの友情のバトルチップが握られている。それは夕日に照らされてきらりと瞬いた。


また音もなく笑った





企画「プラス」さまに提出


2011.10.26
2019.3.11 修正


- ナノ -