金八





 朝起きた時から、俺はなんとなく気分が良かった。大きく伸びをし、壁にかけられたカレンダーを見て笑みが零れる。そう、今日は俺の誕生日。
「おにーちゃーん」
 階下で夕香が呼ぶのが聞こえる。部屋を出て階段を降りると、朝から盛大にクラッカーを鳴らされた。
「お誕生日おめでとう!」
 夕香はにこにこと俺にお祝いの言葉を言ってくれた。夕香自身が描いたのだろう、俺の似顔絵みたいなものもくれた。

 朝食を済ませ、家を出る。学校に着いて吹部の部室の前を通ると、半田に出くわした。
「おっ豪炎寺、今日誕生日だっけ?」
「ああ」
「だよな! おめでとう」
 滅多に聞かない友人からの“おめでとう”の言葉。自然と頬が緩む。次に俺は円堂を見つけた。
「円堂」
「うおっごごご豪炎寺!」
「どうしたそんなに焦って」
「いやっ、なんでもっ!」
 必死に顔の前で手をブンブン振る円堂。何か隠しているような気がしないでもないが、今は気分がいいから追及してやらないことにする。吹部の部室に踏み込むと、大半のヤツが俺を見ておめでとう、と言ってくれた。
 ……そう、大半のヤツは、である。



 去年の今日は、真っ先に円堂に声をかけられた。
「豪炎寺、話があるんだ」
 真剣な顔をして円堂はそう切り出した。何だろう、と思い訝しげに円堂の後をついていった。どうやら円堂は部室の近くにある、人通りの少ない階段のところで俺と話をしたいらしい。人が少なくなってくると、円堂は衝撃的な言葉を口にした。
「なあ、豪炎寺……俺、部活、辞めようと思って」
 円堂の辛そうな自白。俯いた横顔に急いで何か引き止めの言葉をかけなければ、と頭をフル回転させた時だった。

 ――パァン!

「は……?」

 パン、パァンパパパパパパパパン!

 誰もいないはずの階段からクラッカーの音と紙吹雪が飛んできた。
「豪炎寺、」
「誕生日おめでとう!」
 否、風丸、吹雪、鬼道、綱海、ヒロト、染岡……金八のメンバーが階段の影で俺を待ち伏せしていたのだ。
「へっへー、どうだ豪炎寺!」
 円堂が自慢気に鼻の下を人差し指でこする。円堂がしようとした話が話なだけに、俺は気が動転してしまっていた。だが、楽しかったし、何よりみんなが祝ってくれたことが嬉しかった。



 ……そう、その“大半のヤツ”に入らないのが、去年俺を祝ってくれた金八のメンバーなのである。
 これは一体どうしたのか、と本来しなくてもいい思案をめぐらせてしまう。
 朝の個人練が終わっても、やはり金八のメンバーはだれも声をかけてくれなかった。

 少しもやもやした気持ちを抱えつつも授業を全部乗り切った。俺は授業が終わると部活に直行する。一日の楽しみ、午後部活だ。
 この時期はtuttiをやったり、気の早いところはtuttiが終わった後にアンサンブルの練習を始めたり、といろいろ忙しいから、気分的にも安定しないことが多い。かくいう金八も、先日楽譜をもらって練習を始めたばかりだ。そういえば、円堂は、今日も金八やるぞって言ってたな。

 tuttiが終わると、円堂は即座に金八のメンバーに声をかけた。
「楽譜持って駐輪場集合な!」
 おう、とかはーい、とか口々に返事をして、みんなどこか嬉しそうに部室を出ていく。
「さ、豪炎寺、行こうぜ」
 円堂に言われて、やっと我に返った。
「ああ」

「じゃあ最初から行くぞ!」
 みんなが駐輪場に集まると円堂は大きな声で言った。円堂が楽器を構えるのを見て、それと同時に俺たちも楽器を構える。
 円堂が下、上、と楽器を振るのに合わせて息を吸い、曲の一番最初の音を出した――はずなのに、俺が吹いた音はなぜかみんなの調子から外れていた。おかしい、と思って楽器を下ろすと、聞こえてきたのはアンサンブルの曲ではなく、ハッピーバースデーの旋律だった。
 あまりに突然のことに俺は反応することもできず加勢することもできず、ただ曲を聴いていた。
 曲が終わると、円堂が俺の真隣ででかい声で言った。
「豪炎寺! 誕生日おめでとう!」
 円堂が言ったのを始まりにして、金八のメンバーも口々におめでとう、と言ってくれた。部室の方からも、拍手が聞こえる。
「いやあ大変だったぜ! 去年は真っ先にやったから平気だったけど、今年は鬼道の提案で部活終わった後にしようってなったから、ずっと言えなくて我慢してたんだ! 今日豪炎寺とあんまりしゃべんなかったのは豪炎寺としゃべるとついおめでとうって言っちゃいそうだったからだからな!」
 円堂は今まで溜めていた言葉を一気に発した。金八のメンバーを見ると、みんな同じように頷いている。
「……ありがとな」
 去年は去年で驚いたが、今年は今年でまた新しい驚きだった。してやられた。いつか金八メンバーで円堂を脅かしてみたい、と強く思った。


サプライジング・セレブレーション!





tutti=全体合奏の意。


2011.3.28 修正
2019.3.11 修正


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