Tb風丸
Eu基山、半田
T.sax照美
Tp円堂
暑い。
それ以外にどうとも表現しようのない夏の青い空の下、風丸は何とか管を冷やせないものかと、楽器に水を通していた。
気温が上がれば音程も上がる。吹奏楽では当然の現象だ(源田によると、コントラバスでは逆の現象が起こるようだが)。多少上がるくらいであれば音が明るめに聞こえるし、音程の上がり具合が周りと合っていさえすれば、さほど気持ち悪くはならないから気にならないのだが、さすがにここまで高くなると聞くに耐えない。
音程を下げるには管を抜くか吹き方を変えるかするのも当然のことなのだが、吹き方を変えて音が上手く出なかったり変な癖がついたりするのは嫌だし、管を抜くのもそろそろ限界だ。
管に水を通しては捨て、を何度も繰り返しながら、楽譜に印を付けた主旋律の一番高い音を思い浮かべて、風丸は、はああ、と大きなため息をつく。
あの音。下から上がっていって一番盛り上がる上に、周りと綺麗なハーモニーになるあの音が、いつも上手く吹けないんだよなあ。音の出だしは汚いし、音程は合わないし。
管を振って水を切りながら、風丸はどうしたものかと思い悩んだ。コンクールまでもう日がないのに、まだ上手く吹けないところがあるなんて、バンドに対して失礼な話だ。よし。今日はそこが出来るまで帰らないぞ。
「やあ、風丸くん」
「ヒロト」
水によって取れてしまったであろうスライドオイルを塗り直していると、基山がやってきた。
「ヒロトもまだいたのか」
「ああ」
基山はちらっと駐輪場の方を一瞥すると、肩をすくめて言った。
「彼がなかなか許してくれなくてね」
「彼……?」
不思議に思った風丸が駐輪場を見ると、風になびく美しい金色の髪が見えた。
「だから、ここはもっと気持ちを込めて! ほら、こんな風に」
「お、お前みたいにそんな綺麗なビブラートかかんないって!」
「ほら早くしてよ、僕だって他に練習したいところたくさんあるんだから」
「っていうかヒロトは!?」
どうやらテナーサックスとユーフォニウムでマーチの対旋律の練習をしているようだ。照美のスパルタ的指導に、半田が音を上げている。
「彼の指導にはまいったね。おかげで低音とのセクション練もできないや。……あの情熱は、流石だと思うけど」
基山は苦笑しながら言った。そしてきゅっと蛇口を捻り水を一口飲むと、風丸に向き直った。
「風丸くんは、マーチの主旋で困ってるんだね」
「! ……なんでそれを……」
「分かるさ。風丸くん、そこばっかり練習してるから」
風丸は、マーチの主旋律で悩んでいることを基山が知っていたことに驚いたが、人の練習は全て丸聞こえの吹奏楽部だ。確かに同じところばっかり練習していたら、そこが吹けないんだと他人に分かるのも無理はない。
どうしたら上手く吹けるようになるか、と基山に訊こうとしたら、また別の場所からトランペットの音が聞こえてきた。円堂の音だ。マーチを練習しているが、かなりテンポを落としている。
「上手く吹けないところは、ああやってテンポを落としてやるといいよ」
久遠先生にそう言われたんだけどね、と基山は付け加えた。確かにこれなら、音程にも音の出だしにも気が回る。おざなりになりやすかった音色のことだって考えられる。
「……そっか! ありがとう、ヒロト」
「礼には及ばないさ」
みんなで作る音楽だからね、そう言うと基山は駐輪場の方に歩いて行った。そろそろ半田が可哀想だと思ったのだろうか。しばらく耳を澄ませていると、三人でオブリガードを合わせるのが聞こえて、少し安心した。
風丸は楽器に息を通し、唾抜きから管の中に残った水を出す。うん、結構冷えたかな。
楽器を慣らすために何度か音を出す。水を通す前よりもだいぶしっかりとした音が出た。
今日はあそこが出来るまで帰らない。
もう一度心の中で呟いて、風丸はメトロノームに手を掛けた。
HANG IN THERE!
2011.7.27
2016.2.12 修正