「よし、トゥッティ終わり! 帰りの会やるぞ!」
 音楽室に掛けてある時計の針が5時50分を指しているのを見て、円堂は指揮棒を下ろした。そして帰りの会という言葉に反応した風丸と豪炎寺は楽器を置いて前に出た。

 普段の練習であったら、ここで全ての部員が揃えて「え?」と首を傾げることだろう。通常の練習の終了時刻は午後6時。トゥッティは延びることはあっても早く終わることはない。
 それなのに何故円堂は終了時刻の10分前にトゥッティを止めたのだろうか。その理由は、円堂がトゥッティを早く終えた意味を分かっている部員たちがどことなくそわそわしていることにも関係がある。

「帰りの会始めるぞ、連絡ある人」
 昨日は豪炎寺が帰りの会の司会をやったから、今日は風丸が進行役だ。数人の手が挙がり、風丸は一人一人指名していく。譜面台の数が合わないからパート毎確認してくれとか、今月の部費払ってないやつは早く払えとか、パートリーダーや係から連絡があった。
「他にはいいか? じゃあ、部長の話……あ、円堂、久遠先生は?」
「6時に来てくださいって言っといたから、たぶんそのうち来ると思うんだけど」
「そうか、じゃあみんな、そろそろ準備してくれ」
 風丸の言葉に、部員の緊張感がさらに高まった。円堂は嬉しそうに五本入りのクラッカーの袋を開け、鬼道は椅子の下からさほど大きくはない花束を取り出し、ホルン担当は楽器を温めるために息を入れる。
 しかし、6時になっても久遠は現れなかった。もしかしたらもう帰ってしまったのかもしれないと部員たちは不安を募らせる。
「ちょっと見てくる」
 円堂が音楽室を出て行くのを、部員たちは表情を固くして見ていた。

「久遠先生、忘れてたって!」
 円堂がその言葉とともに帰ってきて、部員たちはほっと胸をなで下ろす。しかしそれは一瞬のことで、すぐに緊張した面持ちに戻った。
 やがて久遠が音楽室にやってくると、ホルン担当が立ち上がり、大きな音でとあるフレーズを吹いた。

 ぱっぱら〜っぱ〜っぱ〜っぱ〜

 それに合わせて部員も大きな声で歌い始める。
「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディア久遠先生〜〜〜〜〜、ハッピバースデートゥーユー!!」
 歌い終わると同時に、円堂が部員に渡したクラッカーの音が鳴り響いた。紙吹雪が収まると、サプライズに面食らっている久遠に鬼道が、
「先生、お誕生日おめでとうございます」
 と言って花束を渡す。同時に拍手が湧き起こり、口々におめでとうございますと言う声や、ひゅいひゅいと口笛も聞こえる。
 しばらく経っても一向に拍手が収まらないので久遠は困ったが、部員たちは期待のこもったきらきらした目で久遠を見つめるだけで、拍手を止める気配はない。未だに何もできないでいると、鬼道がにやりと笑って久遠に言った。
「先生、みんなアレを待ってるんですよ」
「……お前たちがいつもやっているアレか」
「はい」
 鬼道の答えに、仕方ないと思った久遠は、一度鬼道に花束を預け、やれやれとため息をついて両手を構えた。
 その両手を上に持ち上げると部員たちの拍手も大きくなり、下に下げると拍手も小さくなる。何度かそれをやってから、久遠は下げていた両手を思い切って上に跳ね上げ、内回りで三角形を描いた。久遠の動きに合わせて、部員の拍手も

 ちゃっ、ちゃちゃちゃっ

 と見事に一致したリズムを弾ませた。するとまた拍手がわあっと巻き起こり、一層音楽室が騒がしくなった。

「先生、おめでとうございます!」


だって大好きだから





久遠先生にいいともやらせたかっただけの話


2011.2.26
2019.3.11 修正


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