熱斗は、科学省の屋上で手すりに寄りかかって夜空を見上げていた。
 手を伸ばせば届きそう、というにはやはり高さは足りないが、いつ、どの星が落ちてきても不思議ではないほどに見事な星空である。星たちが目立ちたいと言わんばかりに一生懸命光を燃やす中、一際明るく、且つ怪しく輝く大きな彗星がある。

 ――あれが、『デューオの彗星』――。

 熱斗は怪訝な顔でそれを睨み付ける。また、この世界に恐怖が訪れようとしているのだ。敵も並大抵の強さではない。未だ共に戦う仲間も少なく、どうすれば、どうすれば、と心に渦巻くのは、ただ不安ばかりだった。

「ここにいたのか」
 どうしたらあの彗星をこの手に捕まえて懲らしめてやれるのかと割と真剣に考えていたら、屋上のドアが開く音と、穏やかな声が聞こえた。熱斗は、視線を彗星から声のする方向に移した。
「炎山」
「……やはり気になるのか」
 炎山は熱斗の隣まで歩いて来ると、夜空を見上げた。
「ああ」
 熱斗は頷く。
「急にあんなの見えるようになっちゃってさ、びっくりだよ」
「確かにな」
 炎山も彗星を目に映す。突如として現れた謎の彗星は、姿を隠そうとすることもなく、ただ煌々と光の糸を放ち続ける。その余りの美しさと眩さは、まるで自分たちを挑発しているかのようで、炎山は何となく虫の居所が悪かった。
「……炎山も、見えるんだよな」
「何言ってるんだ」
 こんなに綺麗な彗星が見られることをこんなに疎ましく思う日が来るなんて、一体誰が予想したと言うのだろうか。
 炎山は熱斗に向き直る。
「デューオの紋章を持つ……デューオに選ばれたヤツだけが見ることが出来るんだろう、あれは」
「ああ」
 炎山がそう言っても、熱斗はまだ納得がいかないようで、頬杖をついてぶすっとした顔をしている。
「……なんだ、心細いのか?」
「ばっ、ちげえし!」
 からかうように炎山が言うと、熱斗は躍起になって振り向いた。しかし、儚げに夜空を見上げる炎山の蒼い瞳にその彗星が映っているのを見て、次に言うべき言葉は全て空に溶けていってしまった。
 今はまだ自分たちしか知らない、その彗星の憎らしいほどの美しさ。ただ何も言わず光を放ち、その存在を嫌と言うほど見せ付けてくる。つい最近見え始めたものだというのに、もうずっと昔から目にしているように感じて、邪魔にすら思えるこの彗星もいつかは消えてしまうのだろうか、と不思議な愛着さえ湧いてくる。
「……あの星さ、」
「ああ」
「この戦いが終わったら、消えちゃうのかな」
「……さあな」
 炎山は夜空から熱斗に視線を戻して言った。その強い意志を灯した瞳に、熱斗は心のどこかで安心感を覚えた。
 きっと大丈夫だ。コイツとなら、どんな戦いだって、乗り越えられる。
「何を萎れているか知らないが、足手まといになるようならこの戦いから退いてもらうぞ」
 ふっ、といつもの強気な笑みを浮かべて炎山は言う。
 ……ああ、やっぱり、コイツには敵わない。なんでこう、上手く心の中を読み取られてしまうんだろう。
「……別に、萎れてなんかねえよ」
 熱斗はまた夜空を見上げる。その瞳には、あの彗星に負けないほどに強くて眩しい、意志の火が灯っていた。

「あっ、流れ星!」
「まったく、貴様というのは本当に呑気なヤツだな」


ブループラネットに告ぐ


 煌々と光り輝けども、今はまだ誰も知らない、二人だけの秘密。


2011.7.7
2019.3.11 修正


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