生存設定





「あれ、兄さんいないのか……」
 熱斗は予め用意しておいたプレゼントの包みを片手に、階下に降りてきた。しかし、家の中のどこにも兄の姿はない。
 朝一番に兄に「誕生日おめでとう」と言ってプレゼントを手渡したかったのに、その渡したい本人がいなければしょうがない。どこかに隠れているのかと、家のあちこちを探し回って、玄関まで来たところで、兄の靴がないことに気が付いた。きっとどこかに出掛けてしまっているのだろう。
 熱斗はリビングのソファーに座って兄が帰って来るのを待つが、そのような気配は一向にない。
 どうして、兄さんは寄りによって誕生日の朝にいなくなっちゃったんだろう。
 熱斗はだんだん不安になってきた。最近喧嘩をした記憶はないし、大事な宿題をやり忘れた訳でもない。
 ……あ、もしかして。俺が兄さんのアイス勝手に食べちゃったからかな。
 その考えに至った瞬間、熱斗は青い顔をして勢い良く立ち上がり、居ても立ってもいられなくなって、勢い良く玄関のドアを開けて家を出ていった。



「あれ……?」
 チップショップから帰って来た彩斗は、家のドアが開け放しになっているのに気が付いて首を傾げた。
 おかしいな、僕が家を出るときにドアを閉め忘れたはずはない。
 熱斗、と大きな声で呼ぼうとして、慌てて手で口を押さえる。
 いけないいけない、これはサプライズなんだから。
 なるべく音を立てないようにそっと靴を脱ぐと、熱斗の靴がないことに気が付いた。彩斗はまた、あれ、と思った。
 僕が家を出る時には、熱斗はまだ自分の部屋で寝ていたのに、いつの間に外に行ったんだろう。
 とりあえずリビングへ行ってソファーに座るが、弟がどこに行くのかなんて他に見当もつかないし(弟が一番行きそうなチップショップには自分が行っていたのだから)、第一、弟が家を出て行く理由が分からない。
 どうして熱斗は誕生日に出て行ってしまったんだろう。
 彩斗はしばらくじっと座っていたが、とうとう我慢ならなくなって、玄関へ行って靴を突っかけてドアを開けた。

 すると、思いの外勢い良くドアは開いた。

「(……熱斗!?)」
 勢い良く開いたドアの向こうのその姿に気が付いた時には、彩斗は熱斗と互いの額を思いきりぶつけ合っていた。
「いったあ!!」
 二人して額に手を当てて床に転がって、ひとしきり痛みに悶絶する。しかし、ややあって二人は同時に口を開いた。
「熱斗、どこ行ってたの?」
「彩斗兄さん、どこ行ってたんだよ!」
 安堵が額の痛みを和らげていき、床から起き上がった二人は、良かったあ、とお互いの肩に手を置いてため息をつく。
「急に兄さんがいなくなるから、びっくりしちゃったよ」
「僕こそ、びっくりしちゃった」
 まさか、誕生日の朝にいなくなっちゃうなんてさ、と彩斗が付け加えると、熱斗はぽかんと口を開けた。
「今日、俺の誕生日だっけ」
 そうだよ、何言ってるのと彩斗が笑うと、
「だって今日、彩斗兄さんの誕生日だとばっかり……」
 と熱斗が言った。すると彩斗も驚いて、
「そうか、僕も誕生日なんだ」
 と言った。あまりにも生真面目にそう言うので、それを聞いた熱斗も笑ってしまった。

 相手の誕生日だと意識するあまり、自分の誕生日でもあることを忘れていたなんて。

 熱斗と彩斗は、しばらくそのまま笑い合っていた。



「ねえ、熱斗」
「なに、彩斗兄さん」
 玄関で靴を脱ぐと、彩斗は熱斗が手に持っているコンビニの袋を指差して言った。
「それ、なに?」
「あ、ああコレ……こないだ彩斗兄さんのアイス勝手に食べちゃったから、代わりにって思って……」
 熱斗は素直に答えるが、彩斗の表情がだんだん恐くなっていくのを見て、最後は尻すぼみになってしまった。
「熱斗〜!」
「う、うわあっ……あれ?」
 彩斗は拳を振り上げて熱斗の頭を叩いたが、その拳はぽんと熱斗の頭に乗るばかりで、力はほとんど無いに等しかった。
「今日は許してあげる」
 誕生日だからね、と口に人差し指を当てて彩斗は笑う。
「……あ! 彩斗兄さん、俺、他にも兄さんにプレゼントあるんだ」
「僕も熱斗にプレゼントあるよ」
 熱斗はリビングのソファーに駆けていく。それを彩斗も後から追いかけた。

 二人が互いを探し出すときにソファーに置き去りにしたプレゼントは、誰がそうしたのか、まるで双子のように寄り添い合っていた。


離れない結び目


2011.6.10
2014.6.10 修正


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