とある梅雨晴れの日のこと。ロックマンの一言でそれは始まった。

「熱斗くん、今日、どこか行かない?」
 深い緑色の目をきらきらと輝かせてロックマンは熱斗に言った。
「いいけど……今日、何かあったか?」
「ううん、特には」
 ロックマンに是の答えをしつつも訝しげに熱斗は聞いた。ロックマンはたまにはいいじゃない、とにこにこしている。
「……じゃあ、行ってみるか!」
「うん!」

 家を出てパワーローラーで街へ駆け出す。頬をなでていく風が気持ちいい。ふと熱斗の肩口にロックマンが現れる。
「気持ちいいね」
「え? お前にも分かるのか?」
「言ってみただけだよ」
 ホログラムデータであるロックマンに感覚はないはずなのだが、気持ちいいと言ったので熱斗は驚いた。しかしロックマンはふふふと笑ってそう言った。楽しそうではあるが、少し寂しげな表情で。無論、前を向いて走り続ける熱斗にはそれを知る由はないのだが。

 しばらく行くと海沿いの道に出た。東屋のある休憩所まで行って熱斗は手すりから身を乗り出した。
「スゲーっ!」
「うわあ、きれいだなあ!」
 目下に映るは一面の大海原。日の光を照り返してきらきらと輝いている。一隻の船がぼう、と白い煙を吐いて遠ざかってゆく。空の青さと海の青さにその白はよく映えた。
「おーい!」
 熱斗は叫んで船に大きく手を振る。聞こえているのか、見えているのかは分からないけれど。突然そんなことがしたくなったのだ。熱斗とロックマンは船を見えなくなるまで見つめ続けていた。

「こんなに落ち着いた日も久しぶりだね」
 船が見えなくなって少しするとロックマンは言った。
「そうだな……いっつも駆り出されてばっかりだもんな」
 たまには休んだっていいよなー、と熱斗は近くの椅子に座って言った。するとロックマンはまたふふふ、と意味深に笑って口を開いた。
「ねえ、熱斗くん。」
「なんだ?」
「今日が何の日か……知ってる?」
 熱斗は「は?」と固まった。だって今朝、ロックマンは今日は特に何もないって言ったじゃないか。熱斗は顎に手を当てて考える。
「どう、分かる?」
「うーん、えーっと……」
 熱斗は必死で思い出そうとするが、頭には何も浮かんでこない。
「うーん……ロックマン! ギブアップ!」
「ええっ、本当に分かんないの?」
 熱斗が額の前で両手を合わせると、ロックマンは素っ頓狂な声を出した。
「もう一度ようく考えてよ」
「えーっ、」
 ロックマンはゆっくりと熱斗に聞く。できれば、熱斗の肩に両手を置いて揺さぶりながら聞きたかったのだが、生憎プログラムにそれは叶わない。
「今日は、何月何日?」
「今日は……6月10日」
「そこまで分かってるじゃない」
「えっ、6月10日って……あ! 俺と彩斗兄さんの誕生日!」
「……やっと分かった?」
「へへ……忘れてた」
 ロックマンは呆れてため息をついた。まさか、自分の誕生日を忘れてるなんて。
「でも、助かったぜ。大事な日だってこと、忘れるとこだった」
 熱斗はロックマンに視線を合わせる。思えば、今日初めてこんなにしっかり見つめ合ったかもしれない。
「……熱斗くんらしいね」
 思わずロックマンが呟くと、なんだよそれー、と熱斗は言った。しかし熱斗をからかいながらも、ロックマンは嬉しかった。
 熱斗が今日を、熱斗の誕生日だけじゃなくて、ちゃんと自分の誕生日でもあるということを覚えていてくれたから。そして彼は今日を「大事な日」だと言ったから。
 熱斗のナビとしての自分と、熱斗の兄としての自分。熱斗は、そのどちらの存在も確固たるものにしてくれる。良かった。だから僕は君のもとで、生きてゆける。

「さ、」
 ロックマンが考えていたことが熱斗に通じていたのだろうか、熱斗は何を思ったかいつもと違う呼び方をしかけてしまい、慌てて口をつぐむ。
「なに、熱斗くん」
 聞かれたか、と熱斗は渋い顔をしたが、ロックマンは期待の目で熱斗を見つめている。そんなに期待されたって……と思ったが、今言わなきゃいつ言うんだ、と決心して口を開いた。
「これからも、ずっと一緒だからな」
 少し照れくさいけど、気持ちを伝えるのにはこれで十分だ。
「あはは、そんなの当たり前じゃない」
 ロックマンはそう言って熱斗を真正面から見つめ直す。やがて耐えきれなくなった熱斗がロックマンから目を逸らすと、ロックマンは誰かに何かを伝えるように胸に両手を当てるのだった。


ここに居るから、確かに在るから


2011.3.26 修正
2019.3.11 修正


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