※エグゼ2、コトブキスクエアとバグのかけらと****の話。ネームドキャラは出ません。





「あっ!」
 デンサンエリアのネット商人へのおつかいの帰り道、インターネットを自宅のホームページに向かう途中で、オペレーターが突然声を上げた。
「ドウしたんだい?」
 足を止めてオペレーション用のモニターを見上げる。この春に小学校に上がったばかりのオペレーターは、「夏休みの間、おうちの人のお手伝いをたくさんしましょうね」という終業式後の担任の言葉に感化され、夏休み初日の今日から張り切って、おつかいに行くと言って聞かなかった。最近また増えてきたネット犯罪やウイルス対策でなかなか家に帰れない生活を強いられている彼女の父や、機械が不得手な彼女の母の代わりに、私が頑張るの、と意気込む姿はさながら新人のオフィシャルのようであった。なんと健気でかわいらしいことだろう。
「ねえ、あのじゃみじゃみしてるところ、なに?」
 そんな彼女がPETの画面を見ながら指差す先を見る。
「アレは、バグのかけらだね」
「バグのかけら……?」
 うーん、と唸って何かを思い出そうとしているようだった。ややあって、
「あ、おもいだした! インターネットにおちてるバグのかけらは、そのままにしておくとあとでだれかがこまるからひろっておきましょうって、せんせいがいってたよ」
 と、ぽんと手を叩きながら言った。
「そう、よくオボえていたね」
 最近ウイルスが増えているからとインターネットの歩き方についての授業があったのだ。
「じゃあ、ひろって!」
「ワかった」
 彼女の指示通りにバグのかけらを拾おうとして、伸ばしたその手を一旦止める。
「……でもね、オボえておいてほしいんだけど、バグのかけらは、ボクたちにとってもユウガイ……カラダにヨくないんだ」
「えっ! そうなんだ……」
「まあ、ヒロったからってすぐにワルいエイキョウがデるワケじゃないから、イマはアンシンしてイいよ。ヒトつフタつや、ミジカいアイダモっているだけならそうモンダイはナいから。でもやっぱり、あんまりタクサン、ナガいジカンモっていたくはナいな」
「……じゃあ、どうしたらいいの?」
 彼女はしょぼんと肩を落としてしまった。彼女は見も知らない誰かのために良いことをしたと思っているのに、自分の都合で悲しませてしまうのはかわいそうだし本意ではない。
「ダイジョウブだよ、イマはまだヒトつヒロっただけだから。……ソうだ、ドコかのスクエアにバグのかけらをアツめているナビがいるってキいたことがある。ドコにいるのかシラべて、そのナビにワタそうよ」
 そう言うと、彼女の顔はぱっと明るくなった。
「うん! そうする!」
 その夜、彼女が寝た後にインターネットで調べると、件のスクエアはコトブキスクエアであることが分かった。翌朝そのことを彼女に話すと、
「じゃあ、いこう!」
 と大いに張り切って早速プラグインしようとする。
「ちょ、ちょっとマって」
 そんな彼女を慌てて引き留めた。
「コトブキスクエアはデンサンエリアからコトブキエリアをトオっていかないといけないんだ。コトブキエリアにはデンサンエリアよりもツヨいウイルスがタクサンいるし……」
「でも、バグのかけらをずっともってるとあぶないんでしょ。わたし、そんなのやだよ。だってわたしのだいじなナビだもん」
 真剣な表情で彼女にそう言われてしまっては、もう何も言い返すことができない。それに、これは自分自身のためでもある。自分の体、データを壊さないようにすることも、彼女を悲しませないようにすることも。
「……ワかった。なるべくウイルスにデアわないようにするけど、もしウイルスバスティングをしなくちゃいけなくなったら、ちゃんとバトルチップをオクるんだよ」
「うん、がんばる!」
 慎重に道を選んだのが功を奏したのか、幸い凶悪なウイルスに出くわすことなくコトブキスクエアに辿り着くことができた。
 お目当てのバグのかけら交換所に行ってバグのかけらをクロスガンに交換してもらって満足そうにしている彼女の顔をモニター越しに見つめていると、傍にいたナビに声を掛けられた。
「おや、アナタ、ミカけないカオですね。ハジめておコしになったナビですか?」
「そうだよー!」
 反応する前に彼女が答えた。
「インターネットでバグのかけらをひろって、そのままずっともってるのはよくないっていうからここにこうかんしにきたの!」
 彼女のその言葉を聞いて、そのナビが――表情が変えられない型式であるにも関わらず――にこり、と笑ったように見えた。
「ソうですか! ソれは、ソれは。とてもスバらしいココロガけですね。サイキンのネットハンザイやウイルスのゾウカのエイキョウか、インターネットジョウにオちているバグのかけらがフえているようです。アナタがたもごゾンジのように、バグのかけらはそのままホウっておくとナビにもインターネットにもアクエイキョウがデますから、ミつけたらヒロってイタダいて、またココにモってきてモラえるとウレしいです」
 そのナビの言葉に手招かれたかのように、その後も何度もバグのかけらを拾ってはコトブキスクエアに交換しに行った。スクエアに通う他のナビたちと顔見知りになって、いくつか言葉を交わすようにもなった。バグのかけら一つ拾っては早く手放したくて交換しに来る彼女を気遣ってか、
「ツけておいてあげますから、ホしいバトルチップとコウカンできるブンのバグのかけらがタまったらイってクダさいね。いつもおセワになっているおレイです」
 と、店主がサービスしてくれるようにまでなった。
 そうしてアタック+30を二枚(ゼウスハンマーを交換できるくらいに貯まっていたけれど、彼女はそのチップデータを見るなり怖がってしまって交換しなかった)交換してもらったとき、このスクエアに初めて来たときに声を掛けてくれたナビが、切実な様子でまた話し掛けてきた。
「セカイジュウのヒトがミナ、アナタとアナタのオペレーターのようにココロヤサしければ、セカイはもっとカンタンにヘイワになるのですけれど……」
「いえ、ワタシはあのコのためにやっているだけですよ。あのコがやりたいとイうのであれば、デキるだけソれをカナえてあげたいのです」
「ソのココロイキがスバらしいのですよ。バグのかけらヒトつをヒロうゴトにセカイをヘイワに、あのおジョウさんがアンシンしてクらせるセカイに、イッポずつチカヅけているとオモって、またゼヒこのスクエアにいらしてクダさい」
 その言葉がどうにもメモリの最下層に引っ掛かり、その夜、彼女が寝た後、気付くとどこのものかもよく分からない掲示板を眺めていた。大きな事件は何回か解決されたけれど、ネット犯罪やウイルスは一向に減る気配を見せない。それどころか、より一層激しさや凶悪さを増してきているような気さえする。こんな状況の中、あの子を守るためには……。
 そうぼんやりと考えていたとき、ふと、とある書き込みが目に止まった。
『私は市民ネットバトラーになる実力も勇気もありません。ですが、オフィシャルの方々が大変な状況にある今だからこそ、こんな私でも何かしたい、いや、何かしなければならないという気持ちになっています。ウイルスバスティングが得意でなくても、オフィシャルや市民ネットバトラーの皆さんのお役に立てることはありますでしょうか?』
『素晴らしい決意ですね。やはりインターネット上に落ちているバグのかけらを拾うのがいいのではないでしょうか。一つ一つは小さなジャンクデータといっても、いつバグに変化するか分かりません。もしインターネット上でバグに変化すれば、エリア間の接続が断たれたり、ウイルスが密集したりといった事態を引き起こすことになります。そうなればオフィシャルや市民ネットバトラーの皆さんが任務に向かう際に困るばかりか、そういった事態の解決にまで彼らの手を煩わせなければならなくなってしまいます。……バグのかけらを拾って手元に置いておくなんてとんでもない、とお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、コトブキスクエアに、バグのかけらをバトルチップに交換してくれるナビがいたと思いますので、そのナビに渡すのが良いのではないでしょうか』
 ……これだ、あの子をネット犯罪の脅威から守り抜き、安心して暮らせるようにする方法は! そう確信した瞬間、コトブキスクエアにいたナビの言葉がメモリの底からふわりと浮かんできた。
 ――世界を、平和に。
「おはよう、よくネムれたかい?」
 翌朝、彼女が夏休みの間の起床時間に設定した時刻と同時に声を掛ける。
「うん、おはよう!」
「じゃあ、サッソクバグのかけらをサガしにイこう」
 この子の未来のために、もうそれしかできることはない。



 ピロリロリ、とPETの軽快な受信音が鳴った。普段の会議中であれば咎められてしまうけれど、今は他人の着信音を気にしている余裕はない。実際、会議室はオフィシャルセンター全体で最新の情報や状況を共有すべく内線や各々のPETの着信音がひっきりなしに鳴り響いていて、皆それぞれの担当の対応で手一杯だった。
 だけど、この受信音は……。先の事件でオフィシャルは人手不足に陥り、科学者は対応に追われ、市民ネットバトラーにまで重要な任務を依頼しているこんな状況下では、嫌でも良くないことを想像してしまう。さっと素早くPETを取り出して文面を流し見る。悪い予感は当たっていた。
『――がいなくなっちゃったのどうしようぱぱ――』
 一瞬で読み取れたのはそれだけだった。それでも誰がどんな用件で送ってきたのか分かった。メールの打ち方をやっと覚えたばかりの娘からのつたないSOS。ずきりと胸が痛んだ。どうしたんだ、こんなときのためのアイツなのに!
 学生時代からあらゆる苦楽を共にしてきたナビだった。論文も、就活も、恋愛も、子育ても……全部アイツがいたからここまでやってこれた。それに、そんな気の置けない相棒だからこそ、仕事でなかなか家に帰れない自分の代わりに娘に託すことができた、いや、娘を託すことができたのだ。
 自分の力に自信はないけれど責任感だけは強いヤツだ。自分の分身のような存在であるナビだから分かる。そんな相棒がネット犯罪やウイルスの脅威から娘を守るためにデリートされてしまったというのなら、受け入れがたくはあるが理解できる。自分だって娘が生死を分かつような危機に陥れば、自分の身を引き換えにしてでも彼女を守るだろうから。
 でも、そうではなくて、「いなくなってしまった」というのは、一体どういうことなんだろう。先日まで大きな地震が何度も続き、今日はウイルス騒ぎ、そんな最中に大事なナビがいなくなってしまうなんて大層不安で心細かろう。
 こんなときに何もしてやれないパパを許してくれ。今日は、今日だけは……!
 奥歯を軋むほど強く噛み締めながら、机に埋め込まれたモニターに注視する。この事態を一刻も早く終息させるためには、どんな小さな情報も見逃してはいけない。次から次へと流れていく文字の羅列の中から、緊急・重要を表す印が目に飛び込んできて、反射的に大声を上げていた。
「調査部隊並びに解析部隊から報告! ゴスペルの『究極ナビ開発計画』の理論に破綻の可能性あり! 現在詳細を確認、検証中! 至急最前線に報告せよ!」



すくうもの



2023.5.11


- ナノ -