生存設定





 すっきりと晴れ渡っていた空が急に暗くなり、窓の外でぽつぽつと雨が降り出す。
「彩斗兄さーん」
 そして光家では熱斗の声が響く。
「ママ、兄さん知らない?」
「あら、いないの彩斗?」
「どっか行っちゃったのかなあ、雨降ってきたのに」
「やだ、洗濯物干してあるわ」
 ちょっと手伝って、と言われはる香がバタバタと急いで取り込む洗濯物を受け取りながら、まあ、どこに行くか言わずに出かけるのは、兄さんにはよくあることだから、と熱斗は思った。
 でも、これといった前触れもなく突然降り出した雨がだんだん強まっていくのを見たら、もう居ても立ってもいられない。

 傘を差して雨降りの街を駆け出す。兄さん、雨が降るだなんて知らなかっただろうから、傘なんて持って行ってなかったし、しかも今日は割と薄着だった気がする。だけど、彩斗兄さん、どこいっちゃったんだろう。
 パシャパシャと小気味良い音を立てて熱斗は彩斗を探し駆け回る。早くしないと。この雨に濡れたまんまじゃ、きっと寒いから。

 街をだいぶ走り回って、熱斗は公園の滑り台の下に、人影があるのに気が付いた。あれは、もしや。
 急いで駆け寄ったその人影は、やはり自分が探していた人のものだった。
「……なにしてるの、兄さん」
 熱斗は彩斗の顔を覗き込むようにして尋ねる。
「……なにもしてないよ」
 彩斗が笑って言うと、そうじゃなくてさ、と熱斗は焦れた。
「兄さん寒いでしょ、これ着ててよ」
 そう言って軽く羽織っていたパーカーを彩斗に差し出す。
「ありがとう」
 彩斗は熱斗からそれを受け取ったは良いものの、あったかいねー、熱斗の匂いがする、など言って弄ぶばかりで、一向に着ようとする気配がない。
「ああもう兄さん、着てよ!」
「あはは、着るよ着るよ」
 彩斗がちゃんとパーカーに腕を通すのを見てから、熱斗は傘を持ち直して、二人で歩き出した。

 雨の中の帰り道。水溜まりに飛沫が跳ねる。紫陽花の葉に幾筋もの露が伝う。太陽が分厚い雲を押しのけようと光を放つ。けれどそれは未だ地上には届かない。
 さっきからなんだか自分だけが振り回されているような気がして、熱斗はなんとなくつまらない思いを抱いた。わざわざ兄さんを探しに来たのは俺なのに。けれど、
「あ、雨止んできたね」
 雲の合間からやっと顔を出せた日の光に目を細める兄に、そう笑顔で言われれば、
「兄さん、虹も出てるぜ!」
 傘を閉じて、遠くを指差して、やっぱり笑顔で、そう返すしかない。





2012.6.11
2019.3.11 修正


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