生存設定





 それはまさしく悪夢だった。

 いつも通りに家を出て、アツヤと二人で学校へ向かう。
 ……今日って、何かあったっけ? 道を行く男の子はみんなピリピリしてるし、女の子からは一種の決意というか、すごい気合いとか、意気込みとかを感じる。そしてそのいくつかは、後ろを追いかけてきた。
 アツヤはと言えば、僕が話しかけても返事がなんだかぎこちないし。 一体、みんなどうしちゃったんだろう?

 自分の中で答えは見つけられないまま、学校に着いた。僕とアツヤは下駄箱を開ける。すると下駄箱の中から大量の包み紙がなだれてきて床に山を作った。無論、僕の下駄箱からじゃない。アツヤのからだ。二人で呆然とその山を見つめる。
 そして僕はぼんやりと理解した。そうか、今日、バレンタインデーだ。よく見ると、包み紙の一つ一つに細微な装飾がしてある。二人で未だ動けずにいると、さっき僕らの後ろをつけてきていた女の子たちが一斉に駆け寄ってきた。
「あ、あのっ」
「これ、受け取ってください!」
 と女の子たちが口々に言って綺麗にラッピングされた袋を差し出す――アツヤに向かって。
 アツヤはすごく驚いたようで、顔の前でぶんぶん手を振りながら「いいって!」と言うけど女の子たちに押し付けられてしまっていた。アツヤくんのそういうところがいいんだとか、なんとか。

 そんなこんなだから、教室にたどり着くまでかなり時間がかかってしまった。アツヤの鞄の中には、どんどんチョコレートの袋が増えていく。
 教室に入って席に着くと、すかさず紺子ちゃんと珠香ちゃんがやってきた。紺子ちゃんは「アツヤくんにあげる」と、珠香ちゃんは「か、勘違いしないでよね」とアツヤにチョコレート渡すと去って行った。そして僕は気付く。
 ――あれ、僕の分は?
 アツヤはまた女の子からもらってるし、男の子もアツヤに話しかけてる。なんだか、僕だけ違う世界にいるみたい。アツヤの嬉しそうにほんのり赤く染まった顔を見て、僕は我慢できなくなった。そして叫ぶ。
「ひ、一人はイヤだよっ!!」



「…………あれ?」
 ふと気が付くとそこは白恋中の教室じゃなくて僕の部屋だった。
(ゆ、夢だったんだ……)
 僕はほっと胸をなで下ろす。それにしても怖かった――と今さらながら身震いすると、ドタドタと家の中を駆ける音がした。
「大丈夫か、士郎?」
「……!!」
 さっきの僕の叫びを聞いてアツヤが駆けつけてきてくれたのだけれど、アツヤの手に綺麗にラッピングされた袋があるのを見とめた瞬間、僕はアツヤに枕を投げつけた。それは見事にアツヤの顔面にヒット。
「もうチョコレートなんて見たくないよ!」
 そう叫んで僕はまた布団に潜り込んだ。


まさかそんなこと


(……コレ、士郎にあげるヤツなんだけど……)


2011.3.27 修正
2019.3.11 修正


- ナノ -