生存設定
とある秋の夜、僕とアツヤは走って外に出た。
今夜は一段と冷え込んだ。澄んだ空気は冷たく頬を突き刺し、吐き出す息は白く空に溶けていく。
アツヤが余りにも速く走るから、僕は毛糸の帽子を片手で押さえてアツヤについていく。
「士郎、早く早く!」
「分かったよ!」
頬を寒さか興奮かで赤く染めているアツヤが僕を呼ぶ。
僕は念のためコートを着てきたけど、アツヤは普通の長袖にいつものマフラーひとつで大丈夫なんだろうか。僕は苦笑しながら登り坂を駆けていく。
そうして僕は目的地に着いた。学校の、校庭のど真ん中。
おや、先に来ているはずのアツヤの姿が見えない。
きょろきょろと周りを見渡していると、アツヤは僕の視界の外からタックルをかましてきた。アツヤは僕もろとも地面に転がる。
「いったあい! ……もう、なにするのアツヤっ」
「へへっ……こうした方が見やすいんだぜ、星」
と、なんだか得意気に笑うアツヤ。
僕たちがここに来たのは星を見るためだから、あながち間違ってはいないんだけどね。
しばらく何も言わないでいると、アツヤは僕の上から下りて隣に寝そべった。呼吸をするたび上下するその胸を見て思う。
一体、僕たちが最後にこうやって地面に寝転がったのはいつのことだろう。
僕たちがずっと幼い頃、あの時は公園だったけど、やっぱりこうして星を見たことがあるんだ。
幼い頃の僕たちはそれはそれは星に心を奪われて、時間が経つのも忘れてずっと星を見ていた。気付いた頃にはもうじき寝る時間になっていて、半分眠りかけていた僕はアツヤに手を引かれながら超特急で家に帰った。
何も言わずに出ていったから、母さんにも父さんにもすごく心配されて、怒られた。
なんだかしゅんとしてしまった僕たちは、二人で一緒にお風呂に入って、二人で寄り添い合って寝た。知らず知らずのうちに、二人で手を握りながら。
そんな昔のことを思い出していると、僕の手に温かいものが触れた。
「士郎、」
アツヤが口を開く。
「今、昔のこと思い出してた」
「あれ、アツヤも?」
僕は触れてきたアツヤの手を握り返す。
「あん時はすっげえ怒られて、」
「でも、」
「すっげえ楽しかった」
アツヤはそう言ってにかっと笑う。僕も笑う。
なんだか安心した。
「うん、楽しかった」
ふいにアツヤは上半身を起こし、僕を急かす。
「早いとこ見ちまおうぜ」
「うん」
僕は持ってきたリュックの中から早見表を探す。
「あれ、ない」
「え? なんでだよ」
確かに早見表は入れてきたはずなのに、僕のリュックの中には見つからなかった。僕たちは顔を見合わせる。
「ま、ねえもんは仕方ねえか」
「そうだね」
そう言ってまた二人で寝転んだ。
やっぱり今夜は冷え込む。だけど、アツヤがずっと握ってくれている僕の手だけはとても温かかった。
星を眺めていたら、余りにもきれいすぎて、届きそうもなくて、また寂しくなってしまった。
熱を求めるように少しアツヤに近付くと、アツヤももっと僕に寄り添ってくれた。
大丈夫。僕たちは、確かにここにいる。そう簡単に、いなくなったりなんかしない。
ふいに流れ落ちそうになる涙を押さえ込むために、僕はぎゅっと目を閉じた。
ふと、僕の頬を誰かがぺしぺしと叩く。僕は重い瞼を少し開いた。
「ちょっ、士郎、起きろ!」
「ん……、アツヤ……今何時……?」
「ほら、寝ぼけてんな!」
帰るぞ、と言ってアツヤは僕の腕を乱暴に引っ張った。よく見ると、その歯ががちがちと震えている。
「……寒いの?」
アツヤは何も言わず僕の手を引いてすたすたと歩く。
……もう、やせ我慢なんてしなくていいのに。これで風邪なんてひいたら、元も子もないんじゃない?
僕はコートを脱ぎ、そっと僕とアツヤを包み込むように肩に掛けた。
もっと二人で暖かくなれるようにアツヤに近付くと、アツヤは僕の手を探して、ぎゅうっと恋人繋ぎにした。ああ、すっかり冷えきってる。
いつの間にか寝たりして、我ながら悪いことをした、謝らなきゃ、と思ってアツヤの方に顔を向けると、僕の鼻の頭とアツヤの鼻の頭がかすった。
「同時に横向くなよ……」
「ふふ、ごめんごめん」
不思議な感触が面白くて笑いを零すと、アツヤは少し顔を赤く染めて言った。
「ね、早く家に帰ろ。風邪ひいちゃう」
今度は僕がアツヤの手を引く。アツヤはああ、と答えた。
やっぱり、その吐息は白い。
title by 星屑の終焉
2011.3.27 修正
2013.10.7 修正