生存設定





「う、ううん……」
 昨日から何だか調子が悪いと思ったら、どうやら風邪を引いてしまったようだ。喉に不快感。おまけにちょっとくらくらするし。
 今日は調理実習があるから、できれば休みたくないんだけどな。季節の変わり目だから体調には気を付けてねって部活のみんなに言ったばっかりなのになあ、まさか僕が風邪引いちゃうなんて笑っちゃうや。
 とりあえず熱だけは計ろうと体温計を探しに部屋を出ると、同時に隣の部屋からアツヤも出てきた。
「……はよ」
 そう言った声は妙に嗄れていて、もしかしたら僕も今喋ったらそんな声なのかもしれないと思った。
「アツヤも風邪?」
 思った通りに僕の声も嗄れていた。ああ、やんなっちゃうなあ。アツヤも声を出すのが嫌なようで、声で答える代わりに首を大きく縦に振った。
 そのまま黙って二人でリビングまで行って、救急箱の中から体温計を取り出して熱を計る。
「37度8分だって」
 僕が熱を計っている間、アツヤは僕のことをぼんやりと眺めていたような気がするけれど、
「37度8分だ」
アツヤが熱を計っている間、僕もアツヤをぼんやりと眺めていたのかも知れない。
「……休む?」
 お互いの顔を見ながら、僕らは同時に訊いた。
「休む休む」
 答えまでそっくりな嗄れ声で同時に喋るものだから、思わず笑ってしまった。笑ったら咳が出た。それも二人で同じように咳き込むから、可笑しくてたまらない。僕ら、こういうところはしっかり息が合うんだね。

 その後、痛む喉を何とか堪えてお粥(僕が砂糖を入れそうになってしまったのをアツヤがギリギリのところで指摘してくれた)を胃に入れて、薬(やっぱりアツヤは粒薬を飲むのが苦手だった)を飲んだ僕たちは、ぼうっとした頭でまたお互いを見つめると、どちらからともなく服の裾を引っ張り合って、もつれる足でどちらのかよく分からない部屋に入り、そのまま二人でベッドに倒れ込んでしまった。
 少し安心したのか、アツヤはいつの間にか僕の背中に回していた腕にぎゅっと力を込めた。……ちょっと待ってアツヤ。いくら薬を飲んだからって、さすがにこのまま寝たら、もっと悪化しちゃう。
 そこで僕は足の方に押しやられていた布団を何とかばさっと僕らに掛けてから、アツヤと同じようにアツヤの背中に腕を回した。
 ……あ、アツヤって意外と、いい匂いするんだな。


ぼくの体温で融けてなくなれ


 風邪が早く治る、あったかいおまじないさ。


2011.10.26
2013.5.14 修正


- ナノ -