ふとした瞬間きみに会いたくなる。

 悲しいとき、悔しいとき、寂しいとき、泣きたいとき、怒っているとき、嬉しいとき、楽しいとき、笑いたいとき。
 僕が持つ全ての感情を、きみと共有できたらどんなにいいだろう。実際にできるはずがないけれど、僕はいつかできるはずだと信じている。



 毎晩、僕は夜空を見上げて、きみに今日あったことを報告することにしています。
「ねえアツヤ、今日は試合があって、それで僕、染岡くんと技を決めたんだ。キャプテンもみんなも褒めてくれたし、染岡くんもすごいなって言ってくれたよ……ねえアツヤ、聞いてる?」
 ところが僕がどんなにはなしかけても、きみはまばたきの一つもしてくれないのです。
「ねえ、アツヤ……あいたいよ」
 僕の本音とともに雫がぽたり、地面に落ちる。
 ぽたり、ぽたり。
 やがてそれは雨に変わって、冷たく降り注いで僕の体を冷やしていく。


 大きな声で叫んだら、きみに届くのでしょうか。
 たくさんの願いを込めた感情を空に投げたら、きみに届くのでしょうか。
 僕は大雨の中、ひたすら大きな声できみの名前を呼んでみたけれど、どうやらそれは全て雨音にかき消されてしまったようでした。

 本当は、僕のちっぽけな想いなんか、きみのいるところには届かないことなんか分かっていた。いつも一緒にいて通じ合っていたはずの僕の想いすら届かないくらい遠い遠いところにきみは行ってしまったのだから。

 ――それでも、いつかは、と思って今日も僕は空を見上げるのです。



 本当に、本当に星が綺麗に輝いている夜だった。

 僕はいつものように空を見上げ、きみに今日あったことを報告しようとした。するとなんということでしょう。夜空に輝く全ての星が、尾を引いて流れ落ちていくではありませんか。
 僕は慌てて立ち上がった。そして走り出す。きみが僕の見えないところに行ってしまいそうで、いてもたってもいられなくなったんだ。
「アツヤ!」
 僕は叫び流れ星を追いかける。すると突然、地面が光り出して、僕はその光に呑み込まれた――



 僕の頬に温かい何かが触れた。そして触れた何かは僕の頬を撫で続ける。
(……ちょっと、乱暴だな……)
 そう思って重い瞼をゆっくり開くと、そこには、
「……う、そ……でしょ……」
 僕がずっと会いたかったきみが、他の誰でもない僕の弟が、僕の頭を膝に乗せて、僕の頬を撫でていたのです。
「士郎……」
 その声を聞いて、僕はきみにぎゅっとしがみついた。するときみは今度は僕の頭を撫でてくれた。
「アツヤ……っ、」
 思わず涙が頬を伝う。僕は乱暴にそれを拭うと、もう離すまい、と必死できみに抱きつく。
「……士郎」
「もう……行かないで」
 僕がきみを抱く力をぎゅ、と強くするときみは困ったように笑った。
「だめだ士郎、それはできない」
 絶望的なきみの言葉に、僕はばっと顔を上げる。
「どうして、っ……!?」
「どうしてもなにも、もう俺と士郎は違う世界の住人なんだ……なんでこうなったか俺にも分かんねえけど、今こうして触れ合えてること自体がおかしいんだ」
 きみは僕の頭を撫でていた手を見つめて言った。
「だったら僕も……そっちに、行きたい」
 僕はきみと離れたくないから、きみの言葉に必死に抗う。僕が発した言葉に、きみは表情を強張らせた。
「士郎……」
「アツヤ……!」
 僕は切望の眼差しをきみに向ける。だけどきみは、首を横に振っただけだった。
「やっぱり、だめだ」
「そんな……!」
 きみは僕の手を取って言った。
「言っただろ、ずっと見守ってるって」
「でも……!」
 僕の目に涙が溜まり視界がぼやける。
「泣くなって、士郎」
 今度はきみが僕をぎゅっと抱きしめた。
「俺は士郎の嬉しそうな顔が好きだから」
「僕だってそうだよ」
 僕はもう溢れる涙を止めることができない。きみは今どんな顔でその言葉を言っているのか、見たいのに、見てあげたいのに、顔が上げられない。
「……さあ、そろそろだ」
 きみは誰に言うでもなく、ぼそりと呟いた。いつの間にかきみは立ち上がり、歩き出していた。
「待って、待ってよアツヤ!」
 僕がどんなに手を伸ばしても、僕がどんなに大きな声を出しても、やっぱり、やっぱりきみには届かないのかな。
「ねえ、アツヤのところからちゃんと僕は見えているの?」
 僕の最後の言葉に振り返ったきみの表情に、微かに答えが見えたような気がした。



 気がつくと僕はまた夜空を見上げていた。さっき全ての星が流れ落ちていったのがまるで嘘だったかのように、満天の星はきらきらと輝いている。
(さっきのは……なんだったんだろう……?)
 誰かに聞こうにも、生憎近くに人の気配はない。僕はふう、と息を吐き、僕の両手を見つめた。僕の手のひらには、さっきまで触れていたきみの熱が残っている。

 ――僕の想いは届いたのだろうか。誰かに聞かなくても、答えは僕自身の心の中にある。


それでも僕は、きみにあいたい





image song:カムパネルラ/sasakure.UK


2011.3.27 修正
2019.3.5 修正


- ナノ -